反、反日左翼のためにーマルクス主義は現代の呪詛宗教である

マルクス主義、共産主義は特殊なタイプの現代における呪詛宗教である。そして、現代日本社会に存在する反日左翼の根底にあるものは今でもマルクス主義なのである。このブログでは閉鎖された拙サイト『マルクス主義は現代の呪詛宗教である』の中の主要論文『マルクス主義の解剖学』 『スターリン主義の形成』その他、論文を分割して掲載していきます。

<論文> 自虐史観と共産主義 

 

自虐史観と共産主義


 

 日本の戦後レジームの中心となる問題、 「自虐史観」については多くのところで語られ、議論されてきた。なぜ日本は70年以上も経ったのに、戦後に行われたGHQの洗脳に呪縛されているのか-このことが問題にされてきたのである。それには様々な要因が考えられるだろう。日本がこれほど外国に支配された事は、有史以来一度もなかった。全く経験のない占領統治を受けることになった国民は、戦争の過酷な状況の中で疲弊しており、なすがままになるしかなかった。また、アメリカは侵略し、植民地支配をすることにかけてはプロだったのである。日本を占領統治する準備と研究は早くから開始されていた。


 その中で共産主義との関係が近年、きわめて重要視されるようになってきた。それはGHQ内部に隠れ共産主義者、ソ連のスパイが潜り込んでいて、GHQの実質的な占領政策は共産主義の影響を強く受けていたのである。このことと独立に日本には大東亜戦争以前から共産主義が流入し、左翼知識人を中心にかなりの支持を得ていた。また共産党も非合法化され、弾圧を受けながら活動を続けていたのである。つまり日本には、GHQの隠れた共産主義者が非常に活動しやすい条件が既に整っていたのである。


 ここでアメリカと日本の内部にある二つの勢力が互いにパラレルになっていて、戦争の終結とともに強い相互作用をしたと考えることができる。つまり、アメリカ内部の保守勢力と社会主義、共産主義勢力、日本内部の保守勢力と社会主義、共産主義勢力である。アメリカは日本の保守勢力を弱体化し、二度と立ち上がれないように解体させようとしたが、アメリカの隠れ共産主義勢力がその機に乗じて日本の共産主義勢力を大きく拡張させてしまったことにすぐには気づかなかった。アメリカ自身も共産主義に相当程度、侵食されていたのである。

 

 日本はGHQの洗脳統治、WGIPによって徹底的に自虐史観を植え付けられてきた。しかし、これほどまでに長い間、国全体が自虐的になることに違和感を持たないだろうか。一般的にそれはかなり考えにくいように思われる。世界史的に見渡しても、戦争に負けた国は無数に存在し、そのたびに抑圧的な政策を押し付けられてきただろう。それでも被抑圧民族、国民が心の底から自虐的になることはほとんどない。その政策を受け入れざるを得なかったとしても、心の中では抵抗しているはずである。日本の状況はかなり例外的だといえるかもしれない。それは日本人の民族性とも関係しているだろう。


 しかし、自虐的であり続ける事は強いストレスであり、精神的な破綻をきたしかねない。事実、心理カウンセラーがうつ病の原因を探っていくと、WGIPに行き着くことがあるのだという。日本には外国人勢力がかなり流入しており、その民族性から日本に対して攻撃的になる場合がある。いわゆる反日在日朝鮮人である。彼らは通名を使って日本人になりすまし、自虐史観の継続、強化を進めている。これは日本人としてのアイデンティティーを持っていないので、自虐史観はむしろ歓迎するものなのである。その是非は別として、これは理解できるところである。ところが、日本人でありながら、自虐史観を積極的に維持し、強化していき、それが自己にとってマイナスの作用を及ぼさない。精神的な破綻をきたすどころか、かえってそれが強化される-このような人間が存在するのである。それがすなわち「反日左翼」と呼ばれている人たちである。


 しかし、左翼であることが自国に対して敵対的であるのは全く自明のことではない。他の国では左翼であっても愛国心を持ち、自国に誇りを持っている。デモの風景を比較するとそれがよくわかる。日本の場合は保守系のデモは日の丸が多く掲げられてあるが、左翼のデモは国旗が1本もない。それに対して他国では保守、左翼とも自国の国旗は掲げられてある。左翼であることが自国に対して敵対的であり、その弱体化や解体、最終的には破壊を目指すのは日本の特徴ではないだろうか。


 この反日左翼がなぜ存在するのかという疑問を考察するのがこの小論の目的である。理解することの難しい(一般常識からはそのようにみなされていると思うが・・・ )その心理を追求してみたい。

 まず、私見では日本と日本以外の左翼の違いは、その民族的、歴史的、地理的な要因から根本的なものがあるように思われる。日本以外では、社会での階級差が大きく、抑圧者と被抑圧者の対立が鋭くなる傾向がある。これはもちろん相対的なものだが、日本ではこの傾向は緩やかなものである。これは古来の天皇を中心とした家族的な国家形成が、西洋でいうところの共産制的な社会を生み出してきた。現在、我々があまりそのように感じないのは、まさにGHQの歴史歪曲に他ならない。天皇を尊敬するような歴史記述をしてはならない、という歴史教科書への圧力があったのである。また日教組を始めとする教育界は、反日左翼に牛耳られており、天皇、皇室が不要なものであるかのごとく扱われている。 (この日教組もGHQが作ったものである)大東亜戦争(太平洋戦争)以前の社会を意図的に暗く、悪く教える事が常態化している。例えば江戸時代の身分制度も、いわれているほど厳しいものではなかったようである。


 つまり、日本以外の西洋などでは、その階級差から来る不平等を是正しようという動きが強く生じる。そこからマルクス主義などの共産主義思想が生まれてきたのである。その前提となる社会状況が、西洋と日本ではすでに異なっている。これはどういうことかというと、西洋が社会主義、共産主義思想などでめざした社会状況は日本ではある程度達成されており、日本における保守とはすでにこの達成された状況を守ることなのである。これが戦後、保守政党である自民党が西洋における社会民主主義的な政策を実行できた理由ではないだろうか。


 そうなると、左翼が社会民主主義的なレベルで止まってしまうと、左翼としての存在意義を見出せないことになるだろう。その存在意義を得るためには、さらに先に進まなければならない。それは当然、唯物史観における共産主義社会である。さらに徹底した無階級社会を目指すことこそ、日本における左翼の存在意義である。


 そこには左翼が常套手段として用いる歪曲や偏向が保守的状況に対して用いられるが、戦後のGHQ統治はまさにこの左翼の要請と完全に一致しているのである。自虐史観が日本国民に徹底的に刷り込まれると、その状況を維持し、強化していく方向こそ共産主義社会に至る道筋である。つまり、このいったんもたらされた状況を逆方向に向ける事は、左翼の存立そのものを完全に否定することにつながる。日本の伝統、保守的状況を徹底的に攻撃し続けなければ、自己充足性の高い日本の社会に革命的状況など絶対に到来する事はない。これが共産党のみならず、旧社会党においても決して社会民主主義的勢力が力を持ち得なかった理由である。


 このことも教育界やマスコミが全く言ってこなかったことであるが、日本は世界最古の歴史を持っている。その国家形成は、1人の絶対的な王や皇帝などによる武力による統一ではなく、もっと自然発生的なものである。天皇は決してそのような絶対的君主として君臨していた訳ではない。その精神的な統一性は、同一民族の閉じられた島国である-大東亜戦争以前には決して他国の侵略を受けたことがない、あるいは許さなかった-ことから強固なものがある。国家と民族的精神性は強固に結びついている。それは西洋における代表的な民族、ユダヤ人を例にとれば民族的同一性を強く維持していても、住む地域は実に流動的であった。また支那大陸においては、同一地域における異民族の興亡が絶え間なく繰り返されてきた。これらのことと実に大きな対照をなしている。反日左翼とはこの国家-精神的統一体に対する共産主義という全く異質の宗教による攻撃なのである。

 

 しかし、反日左翼は共産主義-マルクス主義、唯物史観信者と断定できるものなのだろうか、という疑問が生ずる。これは実に難しい問題である。共産党員のように表立った活動をしていれば、これは非常にわかりやすい。しかしわかりにくいのは、最近ますます明らかになってきた社会の上層部に大量に存在するであろう隠れ共産主義者である。政界、官界、教育界、学会、法曹界、マスコミなどの領域に多くの隠れ共産主義者が存在するのである。これらの人々がどれくらい共産主義に意識的であるのかさえよくわからない。その中にはかなり無意識的な共産主義者もいるだろう。それ以外の人々にその影響は計り知れないほどを及ぼされている。無意識的な影響の連鎖となると、ある保守の論客が言ったように「思想ウィルス」として伝染していく、と捉えるのが良いのかもしれない。


 反日左翼が必ずしも共産主義とは限らない例を考える事はできる。例えばキリスト教や独自の強い宗教性を持った団体の構成員などである。これら宗教性の強い左翼は、額面上は唯物論を掲げている共産主義とは相容れないはずだが、その共通した反日の目的から、共同戦線を張ることもある。アナーキズムも考えられるところであるが、日本においてはほとんど力を持たず、マルクス主義、共産主義が圧倒的に優勢である。これは共産主義と目的は同じなのであるが、あまりにもダイレクトに目的にアプローチするので、現実的な手段に結びつかないという理由が大きいだろう。


 反日左翼を構成する主要部分は共産主義である。ここではこの結論に従って考察を進めていこう。実際、反日左翼の活動は保守や一般的常識人からすれば、単なる破壊活動でありアナーキズムのようにしか見えないことがある。そこから彼らはアナーキストであるという見解も散見されるのである。しかし、私はそのような事は決してない、と考えている。そこには単なる破壊活動ではない「論理」が存在するのである。

 

 自虐史観の推進は、GHQの洗脳統治を日本人が受け入れてきた、という事を起点としているが、それだけではなく共産主義者-反日左翼の勢力が大きく拡大されたことが要因になっている。これもまたGHQ内部の隠れ共産主義者が日本の共産主義勢力を拡大させたわけだが、この時共産党員だけでなく、様々な領域の変更が行われている。それは表面上、目立たない形で行われているのである。つまり、GHQの隠れ共産主義の形態が日本においても拡大されていったと考えることができる。ここで大きな疑問は、なぜ共産主義は表立った活動だけでなく、このような隠れた形で存在し、広まっていくことができるのかということである。共産主義社会への道筋はマルクスの言うように経済が基本となる。経済形態は物質的な形態であり、それは誰の目から見ても明らかな変化となって現れるだろう。それは決して隠れて実行できるものではないのである。


 その疑問に対しては、これはあくまでその段階においては「思想」として広まっていったのだ、という答えが返ってくるだろう。ところが、その「思想」の内容からすれば、資本主義社会は資本家と労働者の階級対立が激化していき、最終的に労働者の革命が起こり、資本家を駆逐し、資本主義社会の上部構造を覆し、共産主義社会に至る-その結果、国家はおのずと死滅していく、ということなのだから、これはあくまで「思想」としてのみ存在するはずである。これを実行する主体はあくまで労働者なのだから、資本主義社会の上部構造に属する人々は決してその思想を実行する主体とはなり得ないはずである。行動できるとしたら、それはその思想を伝播する、広めていくといったことだろう。もちろん、このような事は行われてきたわけだが、これら資本主義社会の上部構造に属する人々 、すなわち政界、官界、教育界、学会、法曹界、マスコミなどは、決してそれだけに留まらない-自分たちが共産主義革命を実行している主体だと思っていないだろうか。


 レーニンがそうであったように、労働者は本当は革命を実行する主体にはなり得ない-このように思っているし、またそのように言う人もいる。それはマルクス・レーニン主義となり、さらにフランクフルト学派などに代表されるような、上部構造から変革していくという方向性は広く浸透していったのである。

 

 上部構造から共産主義革命を実行するというのは、どのような形態を意味するのだろうか。もっとも単純で明快な説明は次のようになるのではないだろうか。唯物史観の定義によれば、共産主義社会は労働者のみがすべてを司る社会である。その社会においては労働者を抑圧する上部構造は消滅している。もし、上部構造自らがその状態を目指すとすれば、自らを消滅させること-破壊させることになる。さらにいえばこれは上部構造の自爆である。このように上部構造の上部構造による上部構造に対する完全なテロリズムが上部構造による共産主義革命である。このように理解すれば、これは様々な巧妙な逆説的論理や情報操作などを用いて、長期間にわたって上部構造を徐々に衰滅させていくようなことも革命なのである。それは労働者が行うような単純な暴力的革命である必要は全くない。


 つまり、それは共産主義革命-共産主義社会に向かうということに建設的な要素は全く存在しないので、それが共産主義の実行であるという事を表面化させ、明示する必要は全くないのである。そこに独自の建設的要素があれば、共産主義に向かうものだということが誰の目にも分かるようになる。その状態は隠れ共産主義が可能になる状態ではないのである。 上部構造は非常に複雑で、微妙なバランスの上に成り立っているので、それを少しずつ崩壊させていくことは、その能力のある人間にとってみれば比較的たやすいのである。そこには非常に専門性の高い知識や能力が要請されており、一般的になかなかわかりにくい。これが上部構造における隠れ共産主義を可能にしている理由であり、それは個人の内面に関わる問題であるがゆえに、それを他者が把握することは非常に困難なのである。


 自虐史観やそれと関連する日本国憲法の問題などは、まさにこのような本質的側面を持っている。長い歴史を持つ日本の伝統、文化を貶め、軽視し、新しい革命的状況を継続する様な憲法になっているといわれている。憲法問題には私は詳しくないので、ここで論じることはできないが、憲法学者自体が隠れ共産主義者、自虐史観に染まった人間である可能性は極めて高く、根本的に信用できるものでない事は心しておかなくてはならないだろう。そもそも彼らは日本を良くしようなどとは露ほども思っていないのである。日本とは全く関係のない、夢のような世界が開けるとでも思っているのだろうか。憲法改正は当然のように行わなくてはならないが、その内容とそれを支える背後の思想的状況、歴史認識を国民の多くが共有することが極めて重要である。しかし、それはまた気の遠くなるくらい困難なことである。


 多くの国民にとって、このような問題よりも日常生活の方が大事なのであり、専門家の言っていることを鵜呑みにしやすい。専門家の言っていることをいちいち疑う事は、多くの心理的ストレスを伴う。憲法改正は日本を戦争に導くものだ、というような幼稚園レベルの戯言を専門家がもっともらしい説明で行えば納得してしまうのである。今の日本国憲法自体がGHQの隠れ共産主義者に強制されたものであり、そもそも根本的に問題外の代物なのである。このような事を全く考慮せず、この憲法を金科玉条のごとく見なすような憲法学者、学者はまさに隠れ共産主義者であり、反日左翼の最たるものなのである。しかし、戦後70年に及ぶ自虐史観の刷り込みと、またアメリカの庇護の下で東西冷戦時代を経済成長に集中できたということ-それによって奇跡的な経済復興を成し遂げ、豊かに安定した生活ができるようになったということが、日本人を戦後レジームに対して保守的にし、憲法改正の問題を先送りにしてきたといえるだろう。しかし、世界情勢の変化はそれを許さなくなってきている、という事は確かに言えるのである。


 憲法問題に関しては、憲法改正という革新的姿勢が日本の保守的状況を守ることにつながる-もちろん、その方向に憲法改正がなされなければ意味をなさない。共産主義にもっと有利になるような憲法改正もあり得るのである。しかし、反日左翼が憲法改正を必死に止めようとするのは、今の憲法が共産主義に向かう内容を持っている証拠である。憲法改正のプロセスの中でこれが明らかになることを恐れるのである。アメリカのなすことを何でも反対する日本共産党が、アメリカの押し付けた今の日本国憲法を必死に守ろうとする噴飯ものの矛盾も、思想と歴史の大きなパースペクティブの中でしか理解できないのである。


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