反、反日左翼のためにーマルクス主義は現代の呪詛宗教である

マルクス主義、共産主義は特殊なタイプの現代における呪詛宗教である。そして、現代日本社会に存在する反日左翼の根底にあるものは今でもマルクス主義なのである。このブログでは閉鎖された拙サイト『マルクス主義は現代の呪詛宗教である』の中の主要論文『マルクス主義の解剖学』 『スターリン主義の形成』その他、論文を分割して掲載していきます。

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<論文> マルクス主義の解剖学 19 

 

『マルクス主義の解剖学』

 

 第10章 左翼全体主義

 

 第1節 構造 


 本論に於ける左翼全体主義解釈を要約して示していくことにする。現実のスターリン体制形成は複雑極まりない過程であるが、それを詳論することはせず、全体的な構造を簡略的に示してみたい。(続編『スターリン主義の形成』で詳論される)


 今まで論じられてきたロシア革命の過程は、社会主義、共産主義の無階級社会を目指した革命権力が「能力の壁」にはね返されて、官僚体制による計画的、指令的経済が構築されていく。これは集産主義として経済領域にとどまらず社会全体の統制につながっていく。これをハイエクは全体主義の根本要因としたのであるが、これには多くの疑問が提出されている(62)―集産主義を目的とし、そのための口実として共産主義イデオロギーを使ったと言うのはどう見ても非現実的である。ボリシェヴィキは心の底から共産主義を信奉していたのであり、集産主義はまったく考えられてもいなかったのである。問題の本質は共産主義イデオロギーそのものにあることは明白ではないだろうか。それは本論において解明されてきたことである―無階級社会を達成するためには、社会構成員の途方もない情報伝達、情報処理、意思決定の効率が要請される。それは社会構成員の脳がまるでひとつになったような統合された超頭脳にならなければならないのである。それはニューロンの結びつきを超えて、脳と脳が相互作用同時性の原理によってダイレクトに結びつき合わされたような状態なのである。これをここでは、ニューエイジ思想の用語を使ってグローバルブレイン(63)と呼ぶことにしたい。しかし、従来のこの概念は意識の追求がまだ甘く、経済領域にはまったく届いていないのである。それは非常に曖昧であり、無意識的な領域を扱っているように思える。しかし、経済を成立させるためには情報の完璧な精度が要求される―そのクオリアは明晰なものでなければならないのである。そのような明晰な意識、情報の精度を持ったグローバルブレインをそれまでのものと区別するために「経済的グローバルブレイン」と呼ぶことにする。


 この経済的グローバルブレインを形成する個々の主体が、全体的に発達した個人、アソシエイトされた個人、完全な兼任を達成できる能力を持った個人、完全な直接民主主義を実現できる個人ということになる。 「そのような想定をすることは唯物論に反する―マルクス主義はあくまで唯物論に立脚しているのである」と言うような反論はまったく意味をなさないのは了解されることだと思う。科学的社会主義を強く主張したエンゲルスはこのような能力は非科学であり迷信であると言ったが、エンゲルスの主張は「超能力は非科学であり迷信だが、超超超超超能力は科学である」と言っているようなものである。しかし、これもある真実を含んでいる。逆説的に超超超超超能力は一般的な能力になってしまうともいえるのである。このような経済的グローバルブレインがもし実現したとしたら、その構成員はこの能力を一般的な常識だと考えるであろう。


 しかし、自明のことながら現在の人類では、とうていこの能力を持つことは出来ない。ところが、社会主義革命が成功した状況は、この能力世界に向かう強力な力学が作用しつづける状態なのである。革命権力とその社会は「能力の壁」にはね返される。そうすると「グローバルブレインの代替作用」が生ずるのである。これは左翼全体主義を理解する最大の急所となる。すなわち、社会全体で経済的グローバルブレインのひとつの脳が実現されたのと等価の状態を目指そうとするのである。それは頂点に存在する1人の人間、ひとつの脳に権力、情報の全てが集中していき、それ以外の社会構成員はその1人の権力者、ひとつの脳から伸びる神経系、感覚受容体、筋肉と同じ状態に転化させられてしまう。それをここでは「イデオロギー超有機体」と呼ぶことにしたい。イデオロギー超有機体は経済的グローバルブレインを反転させた状態、天地がひっくり返った状態なのである。


 すなわち、共産主義社会、アソシエーション社会はグローバルブレインの代替作用によって、イデオロギー超有機体の社会へと反転させられてしまう。イデオロギー超有機体への絶え間ない形成作用が続くのである。これが現実のロシア革命以降、スターリン体制形成の原動力となる。この社会では頂点のひとつの脳以外の脳は非人格化され、神経系と同じ状態に転化させられてしまう―スターリンはこれを「伝導ベルト」 「小さな歯車」というような即物的な表現をしている。つまり、意味するところは同じなのである。経済的グローバルブレインとイデオロギー超有機体―両者の本質は「この社会全体にひとつの脳を実現すること」なのである。


 ところが、イデオロギー超有機体も経済的グローバルブレインと同じく、非現実的な理念的形態であることに変わりはない。それは社会にひとつの脳を実現するという点において、経済的グローバルブレインよりも現実形態に近づいているとはいえ、それ以外の社会構成員が神経系、感覚受容体、筋肉とまったく同じ状態になるなどということは絶対にありえないことである。社会構成員はそれぞれ生物学的存在形態を持ち、それぞれが主体性を持った自律的個体なのである。さらにその社会は歴史を持ち、固有の文化を持ち、様々な生活様式、慣習などを持っている。当然、そこには既存の様々なイデオロギーも存在する。そこでイデオロギー超有機体はそれらの要素とギリギリのバランスを保つように結合し、統合される地点を見出す。その地点が左翼全体主義体制の現実存在地点なのである。つまり、左翼全体主義を理解するための重要なポイントは、この反転→結合という2段階の過程を経ているということにある。社会主義革命後のイデオロギー遂行の主体は経済的グローバルブレイン、共産主義社会を目指すが「能力の壁」にはね返され、イデオロギー超有機体に進路を変える。さらにそこから生物学的存在形態、社会的存在形態との間にバランスを保つように結合される。


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                            図8
 現実にはイデオロギー超有機体に適合するような強力な力が社会的存在形態、既存のイデオロギー、社会構成員の隅々にまで浸透するだろう。その担い手になるものはいうまでもなく秘密警察であり、強固な官僚体制である。イデオロギー超有機体に不適合だとされた者、頂点のひとつの脳の忠実な神経系にならない者は容赦なく抹殺される。さらに社会全体でイデオロギー超有機体を揺るぎないものにするための巨大なテロルが行使される(64)。以上の示すことは、たとえばスターリン体制がロシアの伝統的な専制体制からもたらされたという解釈が、まったく本質的なものではないことを証明している。確かにスターリンはイワン雷帝に自らをなぞらえ、その専制体制を模範にしているかのように見える。しかし、これまでの考察からわかるようにこれは共産主義イデオロギーがイデオロギー超有機体に反転し、それがさらに社会的形態、その歴史とも結合するからであり、これはその一つの例なのである。それでも、スターリン体制はイワン雷帝の専制とは根本的に異なり、社会構成員の心の奥まで制御しようという全体主義に特徴的なものである。そして共産主義イデオロギーの遂行はいかなる社会においても―ロシアと正反対の性格を持つとしても―左翼全体主義に至ることを示しているのである。イデオロギーがもたらす状態の理解困難性から、どうしても歴史的連続性の中に全体主義体制の原因を見ようとする傾向が生ずるが、これが誤りであることは明らかなのである。


 この構造は原理的な矛盾によって成り立っていることはすぐに理解されることである。経済的グローバルブレインこそイデオロギーが目指す本来の目的である。しかし、現実はイデオロギー超有機体の形成へと向かわざるをえない。この二つの状態はまさに究極的な対立関係にある。独裁者は複雑な二枚舌を駆使することになる―またそれができなければ独裁者にはなりえないだろう。これがナチズムのような右翼全体主義とは根本的に異なるところである。ヒトラーは政治的駆け引きなどで二枚舌を駆使することはあっても、イデオロギーと行動との間に本質的な隔たりはない。ナチズムは全体主義の家に正面玄関から堂々と入っていったが、スターリン主義は裏口からこっそりと入っていったのである。


 「能力の壁」は見えざる巨大な壁である。しかし、ある意味、論理の上では図で示されるようなたった1枚の薄い膜にすぎない、ともいえる。途方もなく異なる二つの世界、経済的グローバルブレインすなわち共産主義社会、アソシエーション社会とイデオロギー超有機体が作り出す全体主義体制。この二つの世界はたった1枚の薄い論理の膜によって隔てられているにすぎない。すなわち・・・


 想像を絶する天国と想像を絶する地獄は紙一重なのである。


 この左翼全体主義の構造は今までの全体主義論争に対して新しい理解を与えることができる。つまり、今までの全体主義論者はイデオロギー超有機体の理念的形態に、現実の体制を適合させようとしすぎたために非現実的とのそしりを受けてしまった。その反動によって修正主義者は、逆に生物学的、社会的存在形態に戻り過ぎてしまい、従来の専制体制と全体主義体制との差異を小さくし過ぎてしまう傾向があるのではないだろうか。特にイデオロギー超有機体のような形態を実現不可能だとして、全体主義の概念そのものを無効だと主張することはあまりに乱暴な議論であろう。すなわち、これら二つの形態を二者択一的に捉えようとすること自体が問題なのである。重要なのはこの二つの形態のバランスを取るように全体主義体制は形成されるということである。これは実に高度な統合を実現しなければならず、どちらに偏り過ぎてもそのイデオロギーの遂行は破綻してしまうだろう。それでも、この体制は従来のいかなる専制体制より次元の異なる支配を要請される。それだけ、イデオロギー超有機体はまったく存在しなかった特異なものである。独裁者はこの二つの形態のバランスを取って進む政治的サーカスの綱渡りの達人でなければならないのである。


 第2節 憑依能力

 

 経済的グローバルブレインが代替作用によってイデオロギー超有機体に反転する。それが生物学的、社会的存在形態との間でバランスを取り、統合され、その地点に左翼全体主義体制が形成される。そのとき、最初の出発点で分析され、批判された既存のイデオロギーが、イデオロギー超有機体との間で結合されるということが起こってくる。つまり、イデオロギー批判から出発したマルクス主義の理論が、その克服に向かって実践した社会主義革命→社会主義、共産主義社会が反転して、その批判したイデオロギーを逆に最大限に強化していく、という卒倒しそうな逆説的状況が生まれてくる。これは、共産主義イデオロギーは他のあらゆるイデオロギーとの間に二重構造を取ることができる、という特殊な性質を持っているからである。既存のイデオロギーの背後に身を隠すことができる―このような憑依能力である。


 左翼全体主義体制はイデオロギー超有機体の理念的形態にできるかぎり近づこうとする。しかし、それにはおのずと限界があり、現実の生物学的、社会的形態と折り合いをつけなければならない。そのとき党、独裁者は恣意的に既存の社会的形態、イデオロギーを利用することができるのである。その最大のものは「国家」であろう。まさにこれは決定的な矛盾である。マルクス主義、共産主義の目的とする最大のもののひとつに「国家の死滅」があるからである。今まで考察されてきたように、これは経済的グローバルブレインの実現と同義である。これがまったく不可能であるがゆえに、その代替作用が生じイデオロギー超有機体へと反転する。しかし、このイデオロギー超有機体はこの「国家」に完全に適合するのである。もちろんこの国家は、民主主義国における「法治国家」ではなく、古来存在するような1人の王、1人の独裁者による「独裁国家」であるが。まさに左翼全体主義体制は「独裁国家」を最大限に強化することになるだろう。しかし、このイデオロギーは「独裁国家」の本質を持ちつつ、「法治国家」を利用し、その外観を装うこともできる。この利用の仕方も変幻自在なのである。さらに決定的なことは、これが共産主義の「国家の死滅」の名のもとに推し進められることによって、その矛盾は途轍もないものになる。今、現在の犠牲は未来の素晴らしい社会のためのものだと説得、強制しなければならない。この矛盾を押さえ込むためには、秘密警察、政治警察の途方もない力が必要になってくるだろう。


 そして、この左翼全体主義国家と民主主義、資本主義国との間の緊張関係は絶対宥和不能なものになる(65)。左翼全体主義国にとって、民主主義、資本主義国の存在は自己の矛盾を映し出す鏡のようなものである。そして、イデオロギー超有機体形成の要請は、ひとつの脳から伸びる神経系を世界すべてに押し広げていかなければならない、ということである。そのためのあらゆる手段が講じられていくことになるだろう。現実にはそれはコミンテルンの活動、さらにさまざまな諜報活動などである。このイデオロギーの特性に反作用としての「魔術的因果性」があると論じた。しかし、作用するときは「科学的因果性」によっているのであり、この点に関してはまったく幻想を持たないといってよい。反作用としての「魔術的因果性」を、作用としての「科学的因果性」によって追及するのである。これは物理的な力に大きく依存するということを意味しているだろう。この全体主義体制にとって、あらゆる局面で物理的な力を行使することは絶対的な意味を持つ。特に国家間において、軍事力は古来、最も重要なものであったが、全体主義国家においては最大限に追及されるものになる。それは他のものを犠牲にしても最大限の軍事力を持たなければならない、ということになるだろう。独裁者はそれを恣意的に決定できるのである。スターリンはアメリカに遅れることわずか4年で原子爆弾を持つことができた。これなどはひとつの典型的な事例である。


 マルクス主義は資本主義の帝国主義の側面も批判の対象にしてきたのだが、左翼全体主義は資本主義以上に帝国主義的性格を持つことになるだろう。イデオロギー超有機体の形成は、終わりのない拡張を基本的な性格に持っている。レーニンの言ったように「イデオロギー闘争に平和共存はありえない」のである。現実には戦略的な意味において、資本主義国との間で妥協することはありえるが、基本的には宥和不能であることに変わりはない。帝国主義もまたこのイデオロギーが憑依する対象なのである。それ以外のさまざまなイデオロギー、例えば既存の宗教、ナショナリズムも場合によっては利用される。党、独裁者はこれも恣意的に利用することができるのである。そして、時間の経過とともに全体主義体制、その反転された矛盾したイデオロギーの形骸化が進み、イデオロギーの力が低下していくと、この既存のイデオロギーを恒常的に取り込み利用していくことになる。特に次にみられるような、資本主義を利用するということが進んでくると、自身の持つ原理的矛盾から目をそらすための敵が資本主義国とその勢力であると主張しにくくなる。そうなるとナショナリズムを利用し、外部敵の存在を強調するということも必然的に起こってくるだろう。その場合も情報操作、情報隠蔽により自分にとっての都合のよい敵を作り出そうとするのである。本来、インターナショナリズムから出発した共産主義は、イデオロギー遂行が反転されナショナリズムに憑依してそれを強化していくことになるのである。


 しかし、このイデオロギーの憑依能力の最大のものは、自らが最も否定した資本主義を利用することであろう。歴史的に最初の実例は、いうまでもなくレーニンが戦時共産主義の行き詰まりを打開するために導入したネップである。このとき最も重要なことは、共産党は政治権力を完全に掌握していなければならないということである。行政、司法、経済の管制高地を支配下に起き、軍事力、警察力の物理的な力を自由に行使できることである。この政治権力があってはじめて資本主義的要素を導入することができる。これは内外の反対派を説得だけでなく、場合によっては力によって押さえ込まなくてはならないからである。そして、ここにこそ唯物史観の変幻自在な能力が表れているといえるだろう。歴史的にみて社会主義、共産主義社会は成熟した資本主義社会のあとに来るということ―社会主義への行程が失敗したとみなされれば、いつでも資本主義に回帰して何回でも挑戦することができるからである。この「先送り能力」によって、現在の政治権力は未来の理想社会に至るための必須の権力だと内外に示すことができる。それはいつか必ず到来するものだと信じられるのである。また、それがほとんど信じられそうもないものになったとしても、理論の言説として示せるということは非常に大きいことなのである。しかし、本論の結論はまったく異なるものである。この「先送り」は理論上、際限なく続くことになり、政治権力は実際には世俗的権力を独占し続けることができる。政治権力を握ってさえいれば、資本主義化は非常に広範囲に許容されても大丈夫なようである。


 以上のような状態になると、イデオロギーの額面上の目的から完全に逸脱しているように見えるので、イデオロギーは形骸化したとみなされることが多い。それに伴い全体主義体制の性格は相当程度緩和されるのである。このとき体制にどれくらい共産主義イデオロギーが残存しているかを計量することは極めて難しいことであるが、政治権力としての体制イデオロギーが保持されている間は、この憑依能力によって背後に退いているととらえることができる。つまり、このイデオロギーが決定的に消滅するためには、政治権力の完全な解体によってしか成しえないのである。


 唯物史観、社会主義、共産主義の問題は「経済形態」の問題だと常識的に考えられている。これは理論の額面上、当然そのようにみなされているのである。だが、ここまで来れば明らかになってきたように、「経済形態」は「政治権力」に向かうためのジャンピングボードととらえた方がよいのである。経済を変革するための政治革命というのは口実にすぎない。それは一般的な、例えば独裁的軍事政権とも異なる「イデオロギー超有機体の政治権力」である。この権力を確立さえすれば、「経済形態」はそのときの状況に合わせて、自由に変更することが可能なのである。たとえ資本主義市場経済を導入したとしても、「イデオロギー超有機体の政治権力」が完全に保たれていればよいのである。その状態で際限のない帝国主義的拡張を目指すだろう。これも「目的は手段を正当化する」のであり、場合によっては手段を選ばないということも起こってくるだろう。イデオロギー超有機体の根本的な性格はその拡張を運命づけられているのである。「イデオロギー超有機体の政治権力」の最終的目標は世界すべてを支配下に置くことである。(現実性がどれくらいあるかは別問題であるが)そして当然、この体制は民主主義国と最終的には絶対に宥和することはできない。根本的な政治イデオロギーの対立だからである。両者に完全な経済、文化上の融和、結合があったとしても関係ないのである。つまりこの体制は、共産主義イデオロギーから逸脱したのではなく、共産主義イデオロギーの最終形態と考えた方がよい。資本主義市場経済の経済形態に憑依した共産主義イデオロギーは、むしろ最も資本主義的性格を強化していくことになるだろう。このイデオロギーの巧妙な「経済」と見せかけて「政治」の戦略を見極めなければならないのである。


 「イデオロギー超有機体の政治権力」を確立さえすれば、経済形態はどのようであっても構わない―このことをもう一度、ソ連の実態に即して考察してみよう。ロシア革命以降、資本主義、市場経済の否定形としての計画的、指令的経済が構築されてきた。しかし、戦時共産主義の行き詰まりから部分的に資本主義市場経済が導入された。これ以降も、闇経済や個人農場は公式には認められない、あるいはやむを得ず認められた形で存続し、実際にはソ連経済の重要な部分を担っていた。つまり、この部分がそのまま拡大していっても、本当に重要なことは実は「イデオロギー超有機体の政治権力」が維持されていればよいのである。コルホーズなどの集団農場は、機械化された現代的な外観を持っていたとしても経済形態は「農奴制」の再現であり、強制収容所の強制労働は歴史上かつてないような「奴隷制」の復活であり、共産主義経済形態とは縁もゆかりもないものである。しかし、そのようなことは問題ではないのである。「イデオロギー超有機体の政治権力」この維持がすべてであり、そのためには経済形態はどのようなものであっても正当化される。奴隷制、農奴制、封建制、資本主義市場経済、計画的指令的経済、それらすべてはこのためにある。いつかは共産主義経済形態に到達するのだという「先送り」によって正当化されるのである。「イデオロギー超有機体の政治権力」はいつかはグローバルブレインの代替作用を逆向きに進むことができるということを、自らの存在意義の担保にしているのである。なお、個人独裁はあまりにも弊害が多いということを学習した党は、独裁者の死後、寡頭政治に移行することが多いがその場合も「イデオロギー超有機体の政治権力」の性格はそのまま保持されていると考えてよいだろう。


 以上のことは、マルクス主義の遂行は恐るべき退行を引き起こすことが論理的必然である、と同時にその状態がなぜ「進歩的に見えるような幻想を生み出すのか」ということの理由を説明してくれるのである。

 

 第3節 結論

 

 左翼全体主義は経済的グローバルブレイン、共産主義社会を革命という強制的手段によって追求することにより、必然的にたどり着くものである。ここで目指すべき未来社会の最も基本的な定義は「無階級社会」ではないかと思われる。そうすると結論的公式は次のようになるだろう。


 無階級社会+革命=左翼全体主義


 論理的には無階級社会に革命によらない移行も考えられないわけではない。例えば現在の日本で選挙によって共産党が政権与党になる、といったような議会制民主主義を通しての無階級社会、共産主義社会への移行である。しかし、現在ではこのような可能性は限りなくゼロに近いだろう。歴史的に見ても、マルクス主義、共産主義政党の革命による権力奪取、権力の空白状態あるいは内戦の勝利による権力奪取によってもたらされたものである。また、第二次世界大戦のような戦争による社会主義国の占領によって共産主義化したような場合である。


 このことは唯物史観の公式の通りでなければならない必然性はないことになる。つまり、無階級社会の前段階は資本主義社会でなければならない必然性はないのである。例えば、封建社会で農奴が革命を起こし農奴独裁による共産主義社会を目指す、さらに奴隷社会で奴隷が革命を起こし、奴隷独裁!?による共産主義社会を目指す、ということも想定できるのである。しかし、どちらも無階級社会、共産主義社会を実現するためには経済的グローバルブレイン、完全な兼任を達成できる能力が要請されてしまう。その能力を持てない場合は全体主義体制に向かわざるをえないのである。例えば農奴独裁による全体主義化はクメールルージュのカンボジアがそれに該当すると言えるだろう。


 「農奴独裁による共産主義社会の到来は歴史の必然である」と言ってもほとんど誰にも相手にされないと思われるのだが「プロレタリアート独裁による共産主義社会の到来は歴史の必然である」ということがなぜこれほど広く信じられてきたのか、私には理解しがたいことであった。しかし、マルクス主義の壮大で複雑かつ巧妙な体系によってこれが信じられただけでなく、現実の体制として生起したのであった。頭脳労働形態、頭脳労働価値という空白の文字を読み取ることは極めて困難なことであった・・・ということなのだろう。また.このマルクス主義を批判する体系は最後まで完結しないと、最初の一歩を踏み出せないということもいえるのである。これらは論理的というよりも心理的な側面が大きいように思われる。宗教的心理―「今が終末の時だ」と言う終末論心理はいつの時代にもみられるものである。人類前史が終わり、本史が始まるのが今なのだ、という終末論的心理はまさにユダヤ教、キリスト教と同一のものである。それでいながら、唯物論であるといい科学の外観を装うことができるのである。これは作用するときは科学的因果性に依っているが、それは反作用としての魔術的因果性を前提にしている―この巧妙な論理構造によって、どれほど宗教的と見られても科学であるという信念を保持し続けてこられたのである。


 この資本主義社会の途方もなく複雑な矛盾のすべてを一気に解決してしまうデウスエクスマキナとしてのマルクス主義は、その根本的な誤謬を認識することによって逆説的にそれが何なのかを示してくれたのかもしれない。しかし、このような途方もない能力上の進化は我々自身の手によって成し得るものではない以上、ある意味、事態は悲観的だと言わざるをえないであろう。

 

 

(62) 山中優『ハイエクの政治思想』勁草書房、2007年、第一章、補論1、等を参照
 

(63)ピーター・ラッセル『グローバルブレイン』吉福伸逸訳、工作舎、1985年
 

(64)アン・アブルボーム『グラーグ―ソ連集中収容所の歴史』川上洸訳、白水社、2006年
オレーグ・フレヴニューク『スターリンの大テロル』富田武訳、岩波書店、1998年
アーチ・ゲッティ、オレグ・V・ナウーモフ編著『ソ連極秘資料集 大粛清への道』川上洸 萩原直訳、大月書店、2001年、等を参照
 

(65)ジョン・ルイス・ギャディス『歴史としての冷戦―力と平和の追求』赤木完爾 斉藤祐介訳、慶應義塾大学出版会、2004年、等を参照


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<論文> マルクス主義の解剖学 18 


 『マルクス主義の解剖学』

 

 第9章  現存社会主義と現代マルクス主義

 

 第4節 権力の裏切り

 

 マルクス主義と現存社会主義の関係を論じる際に、非常によくなされるのがこの権力者、権力主体のマルクス主義への裏切り、という問題である。この問題はすでに論じられた第1節 「ソ連=国家資本主義」論と経済問題、第2節 規範理論、の中で考察されてあることと重複する。ここでは「所有論」 「民主主義論」に焦点を当てて考察していくことにする。以下の引用文はソ連崩壊以降、マルクス主義を擁護する典型的な内容を持っているだろう。


 マルクス主義といえぱすでに過去のものとされつつある昨今だが、マルクス自身のマルクス主義は崩壊した既成社会主義とは区別されねばならない。マルクスの思想が、近代民主主義を定式化した「フランス人権宣言」批判(「ユダヤ人問題のために」)から始まることは重要な事実である。マルクスは、人権宣言の自由が「自己に極限された個人の権利・・・・・・私的所有の人権」であり、平等が「いま述べた自由の平等」である以上、その人権はブルジョア的利己的人間の権利と規定する。しかし、こうしたアトム的人間の創設は、古い共同体を打破した市民革命の「政治的解放」としては必然でもあった。ゆえに、このブルジョア的私人を一般意志において公人へと結集しようとするルソーの意図は、市民社会の内部においては不可能であり、これを真に実現する「人間的解放」は市民社会の私的所有原理の止揚としての社会主義の方向でしかないとしたのであった。マルクスは、このような社会主義の理念を、その後も、私的所有の止揚すなわち「生産手段の社会的所有」を媒介した真なる自由と平等の実現とともに、個人と社会の真なる統一の形成すなわち「各人の自由な発展が万人の自由な発展の条件であるようなアソシアシオン(協働体)」(『共産党宣言』)の形成に向けて発展させた。そして、それが、ロック的自己所有の原理とルソー的共同体樹立という近代民主主義の批判的継承であることは否定できない。


 このことを前提して検討しなければならないことは、マルクスの思想を現実化しようとしたマルクス主義たる既成社会主義がなぜ崩壊に至 ったのかということである。この問題は、ここでは詳しく触れえないが、主要には、一つは「私的所有」の「社会的所有」への止揚の問題、他の一つは経済制度と不可分の政治的制度や人間的発展の問題に集約できよう。まず、社会主義の中心理論が「生産手段の社会的所有」にあることは、マルクスの「共産主義者は、自分の理論を私的所有の廃止という一語にまとめることができる」(『共産党宣言』)という表現に明らかである。しかし、マルクスの社会的所有は、「生産手段は、社会的生産の発展につれて、私的生産の手段でも私的生産の生産物でもなくなるのであって、それは、結合した生産者たちの社会的生産物であるのと同様に、彼らの手にある生産手段、したがって彼らの社会的所有でしかありえない」(『資本論』第3部第27章)ことを意味した。すなわち、それは、言葉の真の意味での社会的所有、協働的存在として人間たちによる生産と所有を意味した。にもかかわらず、既成社会主義ではこの社会的所有が国家的所有(それは過渡的なものとしてのみ成立するにしても)に自己目的され、諸個人の協働への自己形成はむしろ抑圧されたといえる。こうした国家社会主義こそが、政治的次元での、一党独裁による代議制や三権分立など政治制度の制約、集会・結社をはじめとする市民的権利の規制、さらには報道機関の国家支配による情報管理などの非民主主義体制の構築の原因でもあり結果となったといえよう。つまり、既成社会主義は、民主主義の徹底を意図したマルクスの社会主義を裏切ることにより、崩壊したといえよう(56)。


 「私的所有」「社会的所有」などの所有論の問題をここで検討してみたい。ハイエクは「社会的」をイタチことばと呼んだ。「「社会」という名詞は誤解を招きやすいが、その形容詞である「社会的」と比べればまだしも無害である。後者はおそらく、道徳的・政治的語彙全体のなかでももっとも紛らわしい表現となっている(57)」とし、その有害性を指摘している。「私的所有の止揚としての社会的所有」これは一体何を意味しているのだろうか。この言葉を使っている人は本当にこの意味を理解して使っているのだろうか。これをめぐる言説はこれ以上抽象度の度合いが低くならない―具体性を帯びることは決してないのである。常に一定の抽象度の間をトートロジーとして関連付けられているように思われる。しかし、本論ではこちらからその具体性を決定的に示すことができる―そのように確信している。私的所有とはひとつの脳に対応した所有関係である。それに対して社会的所有とは複数の脳に対応した所有関係になる。これだけではまだどのようなことかまったく理解されないだろう。ここで脳科学と心脳問題を援用して考察していくのである。所有する主体とは意識的存在であり、その意識とは複数のクオリア、記憶などの無意識層から成り立つ複合的な統一体である。それは相互作用同時性の原理によって結びつき合わされた統一体なのである。そして通常、相互作用同時性の原理が作用するのはひとつの脳の中においてのみである。複数の脳の間においては情報伝達の複雑なプロセスが必要になり、またその情報は極めて限られたものでしかない。あるクオリアの記憶は直接、別の脳には伝達されないのである。つまり、社会的所有を実現するためには、その複数の脳の関係がひとつの脳の中で起こる相互作用同時性による統一性と同様の統一性を持たなければならない。そのような統一的総体としての個人個人が所有するものが社会的所有ということになるだろう。それは個人であるのと同時に全体なのである。


 ここで能力論の見地から所有関係の考察をしてみよう。所有関係もその生命個体の能力に依存する ―これはまったく自明のことである。サルと人間を比べてみればその所有関係の差はさまざまな能力の差に対応しているだろう。時間空間認識能力、推論能力、記憶力、計算能力、発声による意思伝達能力あるいはそれ以外の意思伝達能力、伝達できる情報量とその手段の多様性、合意形成能力―これはどう本能と折り合いをつけるかという問題も含まれるだろう。所有関係を成立させる所有観念はその能力に決定的に依存している。どれだけ倫理的に優れていて、向上心のあるサルであったとしても人間の所有観念、所有関係を理解することは決してできない。その所有関係に基づいて成立している人間の社会を理解することはできないのであり、それは想像するすべもないことなのである。


 ここで極めて大胆な、そしてある意味認めがたい推論をしなければならないかもしれない。社会的所有を実現できる全体的に発達した個人、統合された超頭脳を持った人類は現在の人類とは根本的に異なる進化した人類である。この能力差はサルと人間との間の能力差と同程度、あるいはそれ以上かもしれない。つまり、われわれ人類が共産主義社会を築こうとすることは、サルが人間と同じ社会を築こうとすることと同程度だということになるだろう。われわれには全体的に発達した個人の所有観念がどのようなものであるか想像するすべもない。マルクス主義者が考察する社会的所有はまったくそれ自身ではないのである。現存社会主義で社会的所有が実現されなかったのは権力がマルクスを裏切ったからなのか、それともマルクスが誤っていたからなのか―その答えは明白である。


 社会的所有と関連するのが民主主義の問題である。両者は一体をなした問題であることはすぐに了解されよう。現存社会主義の国家的所有による計画的、指令的経済は民主主義の強力な抑圧へ導いた。社会的所有を実現できる能力があれば民主主義もそれに伴いまったく違ったものになるのである。例えば次のような引用文。


 ・・・この〈共同的なもの〉は〈多からなる多〉である。このことをネグリは「マルチチュード」(下。NHKブックス)でつぎのように述べている。「協働とコミュニケーション」という「マルチチュードの身体」。「その身体の解剖学について、スピノザはひとつのヒントを与えてくれる。『人間身体は、〔異なる本性をもつ〕きわめて多くの個体から組織されている。そして各々の個体も非常に複雑な組織をもっている』、と彼は書く。それでも、この〈多〉からなる〈多〉〔=複数形のマルチチュードからなるひとつのマルチチュード〕というべき存在は、ひとつの身体としてともに行動することができるのだ。いずれにせよ、もしマルチチュードが身体を形成するのであれば、それは必ず開かれた、複数の要素から成り立つものでなければならず、決して階層的な器官によって分割された統一的全体であってはならない」(14頁)。


 それは「全員による統治」つまり直接民主主義によるラディカルな民主主義、まさに「絶対的民主主義という概念の実現を目指す」(93頁)革命を希求するということになるのである(58)。


 このマルチチュードの概念も、今まで考察されてきた能力論と照らし合わせてみればその意味がよく理解できるのではないだろうか。統合された超頭脳を持った人類、それは絶対的民主主義、完璧な直接民主主義を実現できる能力を持った人類である。そして決定的に重要なことは、これが革命によって希求できるものであるかどうか―ということである。革命によってこれが強制的に追及される状況になれば、そこには巨大な反転作用が生ずるのである。つまり、社会全体がひとつの脳になるような状態が強制的に追及される―しかし、現実の人間は決してそのような能力を持つことができない―そのことによって1人の人間に権力、情報の全てが集中していき、それ以外の人間がその中心となる1人の人間の脳から伸びる神経系、筋肉のような状態に転化させられてしまうのである。これが左翼全体主義の根本的な構造をなすのである。マルチチュードの概念は左翼全体主義の対極にあるとみなされているだろう。言説の上では確かにそのようなものであるが、現実には両者は一体をなしているのである。「民主主義の極限的追求は全体主義に至る」この人類にとって最重要ともいえる逆説は、生物学的なレベル―脳科学や心脳問題を援用することによって理解可能になるということである。これは第10章で詳論することにしたい。

 

 第5節 弁証法

 

 弁証法も複雑多岐にわたる問題であるが、ここでは当然マルクス主義における体系的弁証法(ソクラテス的な対話的弁証法ではなく)を検討することになる。弁証法に対してはポパーの批判(59)が有名であるが、ここではそれを参照にしつつ独自の解釈を示してみたい。正→反→合、あるいは否定の否定として捉えられるような弁証法過程は、歴史や社会あるいは日常生活においても広範に捉えることができる。それは特殊ではなく、あまりにも一般的であるが故に「すべてをいうことは何も言わないことに等しい」ということになる。弁証法で問題になるのは、未来予測やイデオロギー的信念を根拠づけるようになったときである。つまり、現在から未来への方向性である。ここで時間に関する非対称性が決定的に重要になってくる―このように思われるのである。すなわち、過去→現在→未来という流れの中で、過去は過ぎ去ったすでに決定されたことである。未来はまったく霧の中にある未確定な世界である。複雑な社会や歴史の事象は無数の条件、パラメーター、偶然の要素が関わっている。すでに起こってしまったことはその中からある組み合わせが決定されたということである。しかし、そこから弁証法過程を抽出し、その類推で未来を予測する、あるいはイデオロギー的信念の根拠づけにすることは大きな問題を含んでいる。未来に関しては無数のパラメーターがどのように関与するかは簡単に予測できるものではない。ましてはそれで未来が決定されたものであるかのようにみなすことは大変な間違いを犯すことになる。弁証法は後知恵であると批判される所以である。それは恣意的な歴史観やイデオロギー的信念を強化することに役立つ。


 以上のことは、従来指摘されてきた問題であるが、本論ではそれに加えてさらに決定的な問題があると考える。それは科学法則に対する適合性である。つまり、過去に起こったことはそれが科学法則に適合しているからである―そうでなければ決してそれは生起することはなかっただろう。これはあまりにも常識的なことである。弁証法過程において、以上のような状態であった場合それはどうなのだろうか。「正→反→合」の「反」までが過去になった現実化した状態、あるいは「否定の否定」の最初の「否定」は現実化されている状態、その状態は当然科学法則に適合している状態である。しかし、まだ実現されていない「合」 「否定の否定」の科学法則に対する適合性はそれらのことによって何一つ保証されるわけではない、ということである。わかりやすいように実例を挙げてみよう。


 ある時、天文学者が地球に向かってくる巨大隕石を発見した。正確に計算してみると1年後に99%の確率で地球に衝突することが分かった。そうなれば人類は破滅的な状況に陥る。しかし、この事態にある弁証法論者は少しも慌てずこのように言ったのである。「これは確かに人類にとって危機的な状況である。しかし、弁証法の見地からすればこの危機はアンチテーゼであり、次の総合の高い段階に達するよい契機になるだろう。人類は地球を飛び出して宇宙で生存できるようになるだろう。人類の生存圏は宇宙へと格段に拡大され、それまでの矛盾も止揚されることになる」。弁証法の「正→反→合」はこの場合には「人類の地球での生存→巨大隕石の衝突→人類の宇宙への生存圏の拡大」という弁証法の論理が適用される。さて、このような弁証法の論理をどのように考えるだろうか。もちろん、これは最後の「総合」に問題がある。これは物理学、特に生物学レベルにおいてまったく不可能といえる。つまりこれは、科学に完全に反しているのである。弁証法論者から弁証法は合理的なものであり、科学であるのだからこのようなことを主張する弁証法論者はいるはずがない―このような反論があるかもしれない。しかし、ここで問題にされているのはそのようなことではないのである。弁証法自体に、このような科学法則にたいする適合性は本質的な属性として内在しているわけではない。つまり、弁証法は科学法則に適合しようが、適合するまいが、それに一切かかわらず成立させることができるということなのである。この「隕石衝突の譬え」は弁証法の論理として完全に成立しているのである。何もこれは弁証法をおとしめようとしているわけではなく、形式論理学においても同じことが言える。当然、論理は科学よりも広い―そうでなければ科学の仮説を提唱することもできないだろう。


 弁証法はもちろん、現代マルクス主義特有の問題ではない。むしろ、伝統的マルクス主義の中心をなすものである。それではなぜここで弁証法を取り上げるかというと、現代マルクス主義の一潮流ともいうべき分析的マルクス主義は、非弁証法的な側面も持っている。これは一例であるが、このような分析的マルクス主義を追求していたマルクス研究者がその限界を感じ伝統的な弁証法的マルクス主義に回帰するという事例を紹介したい。このことは弁証法はマルクス主義の魅力の中心をなすものであると言えるかもしれない。現代においても弁証法の問題は避けて通ることのできない重要性を持っているといえるだろう。


 (1)分析的マルクス主義の限界


 しかし、その半面、この学派の限界も私には見えてきた。私がAM(AM=分析的マルクス主義)の限界に初めて気づいたのは、G・コーエン著『自己所有権・自由・平等』(Cohenl995)の翻訳作業に携わっていたときである。コーエンによればマルクスは搾取論においても共産主義社会においても、自己所有権原理を肯定していた。そしてコーエン自身は自己所有権原理に立脚するかぎり、才能のような内的資産の平等を実現することは不可能であるから、マルクス主義者はこの原理を放棄すべきであると提案したのである。コーエンは、マルクス理解としては、搾取論でも共産主義社会論でも自己所有権原理が肯定されているとし、自らの積極的な主張としては、搾取論でも共産主義社会論でもこの原理は否定されるべきだとしたのである。


 コーエンの議論の特質は、資本主義社会を批判する搾取論における自己所有権原理への姿勢が、肯定であれ否定であれ、共産主義社会論においても一貫すべきであるという点にある。ここにAM学派の論理的整合性を尊重するスタンスが特徴的に表れている。資本主義を批判する際に自己所有権原理に立脚しているならば、自らが展望する共産主義社会論においてもこの原理に立脚せねば一貫性が保てないし、資本主義を批判する際に自己所有権原理を否定するならば、共産主義社会論においてもこの原理を否定せねば、やはり整合性を保てないという認識がコーエンには存する。つまり、社会システムを評価する際の基準は、いかなる場合であれ論理的に一貫していなければならないという義務を負わされているのである。


 これに対して私は、マルクス理解としては、搾取論においては自己所有権原理は肯定されているが、共産主義社会論ではこの原理は否定されており、しかも私自身の社会発展論としてもマルクスのこのような考え方は妥当であるという見解を提示した。なぜなら史的唯物論に立脚すれば資本主義的経済構造に照応する上部構造の一つが自己所有権原理であり、それは諸個人の想念にとどまらず制度として定着している。したがってわれわれが資本主義社会を批判する際の基準もこの原理に立脚せざるをえないのである。しかし、これは共産主義社会を構想する際にこの原理に立脚せねばならないことを意味するわけではない。マルクスは資本主義社会から共産主義社会への移行の中間段階に社会主義社会を想定していた。そこでは生産手段が社会化されることによって上部構造としての自己所有権原理の影響力は半減する。そうすれば、自己所有権原理に立脚しない代替的な社会の提案も十分に可能となる。つまりマルクスは史的唯物論の観点から、社会システムを評価する基準が歴史的に変化すると考えたのである。AM学派は、規範理論の論理的整合性を尊重するあまり、規範原理が歴史的に発展、変化することを看過してしまった。


  (2)根本原因:人間性の理解


 AMの限界の根本原因は、人間性が不変であるという理解に存する。まず、これは通常に理解されるマルクスの人間観とは異なる。マルクスの史的唯物論によれば、人間性は上部構造に含まれ、上部構造は経済構造=土台に照応する。したがって土台が変化すれば、自動的に上部構造、そして人間性も変化することになる。


 ではなぜAMは、マルクスと異なる前提をとったのか。それにはやはり既存社会主義の失敗が大きく影響していると思われる。ソ連・東欧そして中国などの既存社会主義国では、基本的に生産手段は国有化され、計画経済が実施された。つまり土台が変化したわけである。とすれば、そこに生きる人々の上部構造、すなわち人間性も変化するはずであると期待された。強硬な集団化や文化大革命といったプロジェクトは、人間性の変化を見込んだうえで考案されたものであった。しかし、その結果は惨憺たるものであった。そこでAMは人間性はそう簡単に変化するものではないという教訓を得る。・・・・だがマルクスの史的唯物論は長期的な理論であるから、やはりどこかで人間性の変化についての展望を加えるべきだと思われる。なぜならマルクスが描写した共産主義社会の人間像においては、労働が第一の欲求になっているのであって、ここでは明らかに人間性の変化が予測されているからである。AMにおいては残念ながら、そのような議論はいまのところ登場しておらず、人間性不変の前提が固守されている。ここにその限界の大きな原因がある。


 AMの限界は、マルクスの規範理論における経験と認識の関係という観点から捉えることもできる。マルクスの疎外論の特徴は、目の前に与えられた課題を解決しようとする点にある。「人間はつねに、自分が解決しうる課題だけを自分に提起する」。逆に言うと、解決できない課題は提起しないということである(60)。


 「そこでは生産手段が社会化されることによって上部構造としての自己所有権原理の影響力は半減する」この問題はすでに充分検討されてきたことである。生産手段が社会化されるとは完全な兼任を達成できる能力―そのような能力を持った人類の社会でおいてのみ可能となる。この場合の社会システムを評価する基準が変更されるのは歴史レベルの問題ではなく、生物学的進化レベルの問題となるのである。


 (2)根本原因:人間性の理解、この人間性に関わる問題については二重の意味で誤っていると言えるだろう。まず、土台の変化に従って上部構造は変化するが、ソ連、東欧、中国などの変革はまず上部構造が覆され、その上部構造から土台に対して強制的な変革が遂行されたのである。決して土台の自発的な変化ではない。しかし、決定的な誤りは上部構造の人間性の問題ではないというところにある。本質的には土台内部の頭脳労働能力―情報伝達、情報処理、意思決定能力の効率の高さの問題なのである。これにどの位の能力が必要なのかはすでに論じられてきたことである。このことは「人間は解決できる問題だけを提起する」というような途方もない楽観論につながっているだろう。


 以上より、自由主義の正義論がマルクス主義のように疎外論という構成をとらない一つの理由が明らかであろう。疎外とは、現実から離れた高邁な理念からの疎外ではない。マルクスの疎外論は、事実としても真理としても、積極的な理想を最初から設定しているわけではない。それは現実社会の否定的な状態から消去法的にあるべき姿を求め、それをもって本来的な状態すなわち共産主義社会と呼んでいるのである。したがって本来的な状態とは、過去に存在した状態ではなく、あくまで未来の規範的な状態なのである。しかし、だからといって、それはまったくの空想ではない。なぜなら、それは現実の否定的状況の否定として導出されているからである。疎外論における本来的状態とは、その意味で現実的な社会状態なのである(61)。


 共産主義社会は疎外された状態からの否定の否定として導き出せる現実的な状態だと主張されている。これを一般論と個別論に分けて考察してみよう。まず一般論であるが、ある状態が本来的な状態から否定的な状態になっている。弁証法の「否定の否定」を使えば、本来的な状態に戻ることになる。しかし、その本来的な状態は未だかつて一度も存在したことはないのである。これは詭弁以外の何物でもない。例えば、このような例はどうだろうか―人間は本来死すべき存在ではない、不死こそ本来的な状態である。弁証法の否定の否定からすればこの状態を否定すれば、本来的な不死を手に入れることができる ―このようにも言えるだろう。最初の否定的な状態は恣意的にどのようにでも設定することができるのである。しかし、以上のような批判だけだと弁証法一般論に対する批判にはなるが、この個別の事例に対する決定的な反証にはならないのである。


 本論の特質は、この個別の事例に対する反証を示すことにある。「マルクスの疎外論は、事実としても真理としても、積極的な理想を最初から設定しているわけではない。それは現実社会の否定的な状態から消去法的にあるべき姿を求め、それをもって本来的な状態すなわち共産主義社会・・・」。これらのことは第1章、第2章から詳論されてきた。事実の巧妙な歪曲―土台内部の頭脳労働形態、価値の捨象によって、積極的な理想と呼べるようなものではないという幻覚を与えているのである。それは現実社会の否定的な状態から消去法的に求めれば自然と達成されるようなものではないことは既に示されたと思う。この疎外を克服するためには、社会構成員の超絶した情報伝達、情報処理、意思決定の効率が絶対不可欠なものになる。これは生物学的レベルで決定されることであり、社会学の問題だと考えている限り永久に理解することはできない。この現実社会の否定的な状態から消去法的に求めれば共産主義社会が達成されるという幻想が、現存社会主義のとてつもない悲劇を導いてきたのである。これはそれを再現するものでしかないだろう。


 すなわち、この個別の事例においては、先に挙げた「隕石衝突の譬え」 「否定の否定としての不死」と同じく、弁証法論理としては成立しているが、科学法則に対する適合性はまったくないことが証明されるのである。科学的社会主義とはこのような弁証法と科学のイデオロギー的同一視から生み出されたといえるだろう。


注 


(56)デヴッド・マクレラン 編『社会主義と民主主義』吉田傑俊訳、図書出版文理閣、1996年、205,206頁


(57)フリードリヒ・ハイエク『致命的な思いあがり』渡辺幹雄訳、春秋社、2009年、170頁


(58)渋谷要『ロシア・マルクス主義と自由』社会評論社、2007年、22頁


(59)カール・ポパー『推測と反駁』藤本隆志訳、法政大学出版局、2009年、


(60)松井暁『社会主義における論争と方法論的問題:規範理論の視点から』立命館経済学(第61巻・第6号)、4弁証法


(61)松井暁『自由主義と社会主義の規範理論』354頁




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<論文> マルクス主義の解剖学 17 


  『マルクス主義の解剖学』


  第9章  現存社会主義と現代マルクス主義


 現存した社会主義体制の大部分が崩壊して20年以上経過した現在、マルクス主義の衰退は改めて述べる必要がないくらい顕著である。しかし、 20世紀を席巻した巨大な思想の影響力はそう簡単に消えるものではないことも確かである。今までの考察をもとに現代マルクス主義と現存した社会主義との関係を小論してみたい。現代マルクス主義の現存した社会主義体制の解釈の傾向を主に5つに分けてそれぞれを検討していくことにする。これらは互いに関係している部分もあるが、対立する見解をとっている場合もある。 1 、 「ソ連=国家資本主義」論  2 、規範理論 3 、唯物史観からの逸脱  4 、権力の裏切り 5、弁証法。これは序文で示した譬え―フグとそれを研究した論文、それを食べた人とその人が死んだ理由の追求の問題に照らしあわせて見ると、簡単には次のように言うことができるだろう。 1、そもそも食べた魚は論文で示された魚ではなかった。2 、とにかく論文は正しい。3 、論文で示した通りの調理法、食べ方をしなかった。4 、論文を裏切る行為をした(例えば自分で毒を入れる、というような)。5 、フグを食べた人が死んだのは不幸なことであるが、論文の内容からすれば些細な問題である。つまり、論文はあくまで正しいという姿勢である。


 第1節 「ソ連=国家資本主義」論と経済問題

 

 「ソ連=国家資本主義」論(50)とは次のようなものである。ソ連の経済体制は社会主義ではなく、国家そのものが資本家階級に取って代わった特殊な型の資本主義である。それは官僚体制と警察権力により強制的に労働者階級に資本の本源的蓄積を課すものである。これは本来の社会主義とは正反対の社会主義とは縁もゆかりもない経済体制だというわけである。社会主義、共産主義の抽象的な規定からソ連の経済体制がまったく隔たったものであることは誰の目にも明白である。そのこと自体は問題視されるべきものでもない。この抽象的規定の非現実性は本論の中心となる問題であった。この「ソ連=国家資本主義」論の目的のひとつは、あくまで「唯物史観」に固執してソ連はある特殊な型の資本主義だったのだから、社会主義、共産主義はまだその先にあり、これから到来するものである・・・このように考えたいのではないかと思われる。しかし、これは言葉と概念の小手先の操作にしかすぎない。まず、この国家資本主義論はこの資本主義の定義をマルクスの「資本制生産様式」から大幅に拡張している。国家は権力によって強制的に労働者を働かせて、資本の本源的蓄積をするというのは、それを資本主義と言ってしまえば古代の奴隷社会も資本主義ということになってしまうだろう。国家と労働者の関係が、賃金労働によるかつての資本家における労使の関係と同じである―これでも資本主義というには不十分だろう。やはり、資本主義というには私的所有の資本家が多数いて、賃金労働者を雇い商品を生産し、それを市場を介して売買してその利益を剰余価値として資本蓄積していくことが必要であろう。ソ連は(闇経済は別として)建前上は私的所有の資本家は存在せず、市場も存在しなかったのである。経済学者がこのように定義をご都合主義的に使用するというのは信用をなくすことにならないだろうか。 (この意味で「国家資本主義」と呼ぶのに最もふさわしいのは現在の中国ではないかと思われるのだが)また、このような指摘もできるだろう。どのような形であれ資本主義であるなら、生産力の向上に不可欠なテクノクラートを弾圧することなど絶対にありえないのである。


 しかし、ソ連は国家資本主義であったのか、あるいは国家社会主義であったのか、というような本質規定の問題はそれほど重要な問題ではない。重要なのは、社会主義革命を成功させた権力が共産主義という無階級社会を志向した場合、どのようなことが起こるかということである。これまで検討してきたように、労働者自主管理は成立せず官僚による階級社会が形成されていくことになる。それは市場を介しての資本制生産でないのだから、官僚によって計画された経済でしかないことになる。そうでなければ経済機能は麻痺し、革命権力も社会も破滅へと至るだろう。破滅したくなければ計画経済を採用するしかないのである。それがマルクスの意図したことと異なっているという反論はもう意味がない、ということは論証されてきた。そして一方で、資本家を撲滅するという社会主義革命の目的は達成されているのである。この点で、マルクスの意図は一方では達成され、一方では達成されていないように見えるだろう。しかし、官僚による計画経済というものをマルクスはまったくといっていいほど想定していなかったのだから、当然否定されてもいない。肯定されてもいないが、否定されてもいないものに、完全に否定されているものから置き換えたのだから、マルクスにできるかぎり沿っているということはいえるのである。つまり、ボリシェヴィキは最善を尽くしているといえるのではないだろうか。


 資本家、資本制生産、商品、市場は廃絶された(商品、市場は完全ではないにしても)そして官僚とその指令に従う工場管理者、計画経済に置き換えられたのである。結局、貨幣を廃絶することは不可能であった。これは経済を担う情報のもっとも根本的なものである。完全な物物交換にすることは原始時代に退行しても難しいことだろう。そして、無階級化とその先にある国家の死滅というものは、現実のはるかかなたにあるということはもう繰り返す必要はないだろう。これらの事を総合すると、ボリシェヴィキは実はマルクスに信じ難いほど忠実だったということがわかるのである。


 「ソ連=国家資本主義」論者は次のように言う。


 また、他方でこのことは、社会変革の運動とは、いつでも、そのときどきに現存する人々の意識を前提にしたものでなければけっして成功しないこと、それは人々の意識を前方に引き上げていくようなものでなければならないこと、このことを抜きにした運動は、あるいは経済政策、民族政策等々の政策は、結局のところ失敗せざるをえないこと、を意味する。


 それでは、「現存社会主義」では、なぜ、このような意味での社会主義建設の政策がとられてこなかったのか。それは、要するに、労働する諸個人を搾取する国家資本の機能を人格的に代表する党・国家官僚層に、社会主義についての正しい理論的な概念があるはずもなく、社会主義を、労働する個人、意識をもった人間が意識的に結合するアソシエーションとしてとらえ、したがって人間の意識を絶え間なく前方に向かって変革していくところに社会主義建設の最重要の課題がある、ということが理解されるはずもなかったからである。国家資本のもとで、物質的刺激なしには自発的に動こうとしない生産者たちが構成する社会で、物質的刺激ではなくて鞭による生産力の発展を図ったかぎりでは、それはまさに一種の奴隷制であった。収容所群島を形成したこの野蛮な奴隷制は、同時に、諸民族の抑圧の体制であったのであり、それが偏狭な民族意識を徐々に変革するどころか、民族的対立意識を温存・蓄積してきたことは、この数年来の民族問題の噴出を通じて明らかになったところである(51)。


 それではこの「アソシエーションに向かう人間の意識を絶え間なく前方に向かって変革していく政策」とはどのような政策なのだろうか。これが具体的にどのような政策なのか分かる人間がいるのだろうか。現実のロシア革命の過程で、それはどのような政策であったならば社会主義建設の正しい政策といえるのだろうか。それは土台の身体労働と頭脳労働を統合する能力を獲得するための政策以外にはない。そのような政策が存在するかどうかはもう考える必要はないだろう。すなわち社会主義建設の正しい概念がなかったのはマルクス主義の方なのである。


 ここまでの考察で現存社会主義の構造を理解するための必要な認識が得られたと考える。この問題を考える際の今までとられてきた基本的な見方は、革命前、革命後という2つの区分によってなされてきた。しかし、決定的に重要なことは革命後の状況はイデオロギーによって導かれた観念の中でしか成立しない抽象的能力世界の社会と、その世界を指向しながら能力的にまったく不可能な理由によりそこから退却する、あるいは緊急避難した社会の区分である。そしてこの社会は資本主義市場経済を必ず否定しなければならない―この社会が現存した社会主義体制なのである。それを図で示すと以下のようになるだろう。


DSCN1151b.jpg


                           図7
 図7における最大のポイントは、いうまでもなく「能力の壁」のラインが設定されてあるところである。これが今までまったく存在しなかったことである。このラインの設定により、社会主義革命後の混乱し、錯綜した状態に明確な区分を設けることができる。今までは社会主義革命以前、革命以後の二つの区分によって考察されてきたことであるが、決定的に重要なことはこれが三つの区分によって考察されなければならないということである。すなわち、社会主義革命以前、革命以後、「能力の壁」の克服された状態、である。そして、社会主義計算の対象領域、現存した社会主義はこの中間の領域なのである。これが今までさまざまに定義、規定されてきたことである。しかし、その本質はこの中間の領域をどのように把握するかという問題なのであり、集産主義、国家社会主義、国家資本主義等どのように呼んだとしても、それ自体はあまり重要なことではないのである。


 社会主義革命は、資本制生産様式、市場経済の否定、破壊を行いながら資本制生産よりも高い生産力を実現する、これが最初の目標になるだろう。それがどのような結果になるかは今まで検討してきた通りである。ここで唯物史観には「魔術的因果性」である「増幅された能力転移」という深層の論理が刷り込まれている。すなわち、社会主義革命はこの深層の論理を大前提として遂行されるのである。それだからこそ、階級としてのプロレタリアート独裁、社会主義社会、共産主義社会への道は開かれているのである。これが起きないと階級構造が消滅していくという無階級社会への道はまったくありえない。また、暗黙のうちに示されたこの能力によって、生産物交換が市場を依らずに達成されるということもありえない。・・・これが現実にはどのような事態を招くかということは改めて述べる必要はないだろう。


 「能力の壁」にはね返された革命は、破滅を避けるために官僚体制による計画的、指令的経済を構築せざるをえない。現実には新経済政策による部分的な市場経済を復活させ、それから再度、社会主義経済体制への突進が開始されたのである。つまり、この領域が社会主義計算の対象である。ということは、マルクス主義にとって社会主義計算の成否がどれくらいであるかは、どうでもよいことなのである。マルクス主義にとって重要なことは「能力の壁」を越えられるかどうか、それがすべてである。(もちろん、今まで考察されてきた通り「完全な兼任を達成できる能力」を抽象的な深層構造の中に埋没させるためのイデオロギー操作がなされている。これによってブルジョワジーとプロレタリアートの立場は簡単に反転できるという途方もない妄想がマルクス主義者の主観になっているのである)社会主義計算の対象領域は中途半端なグレーゾーンにすぎず、たとえそれがどれほど上手くいったとしても問題ではないのである。しかし、現実のソ連の体制にとってみればこれが上手くいくかどうかは死活問題である。社会主義、共産主義社会に向かうという目標は絶対のものであり、そのためにはまず資本主義社会よりも高い生産力を実現しなければならない。


 ハイエクはソ連の体制を集産主義と呼んだ。集産主義において中央当局は経済運営に必要な情報をくまなく知ることはできず、結局、現場の裁量に依存せざるをえない。価格メカニズムが作用しない状態では、資源の効率の良い適切な分配はできないなど、資本主義市場経済よりも劣った体制であると論じていた。1人の人間が知りうる知識、情報はかぎりがあり、それが社会全体に分散して存在する。それが上手く有機的に結びつき機能するという自生的秩序を主張した(52)。つまり、これも情報伝達能力、情報処理能力、意思決定能力という能力問題である。ハイエクは当然、現実的な能力を前提に議論しているので、本論の完全な兼任を達成できるような能力を考察の対象にはしていない。ハイエクは「 能力の壁」に抵触しなくても、資本制生産様式、市場経済を否定しただけで深刻な問題が生じてくることを示しているのである。そして、集産主義では中央当局の強力な指令、強制力、さらに物理的な弾圧などが必然となる。社会構成員の自由は著しく制限され、それは全体主義へ向かうのである。これがハイエクの有名な『隷属への道』(53)で述べられたことである。


 この問題も大変複雑であり、簡単に解明できるようなものではないが、ここでは要点だけ示してみたい。ハイエクは経済を起点として全体主義を導き出そうとする傾向がある。しかし、集産主義からスターリン主義を導けるかというと、かなり無理があるように思われる。それは次の事実、レーニンやスターリン、ボリシェヴィキは集産主義自体を目的としたことは一度もないという点にある。これまでの考察からわかる通り、ロシア革命はプロレタリアート独裁から社会主義、共産主義社会へ向かうために起こされたものである。これらは集産主義とは正反対のものだということは明らかである。集産主義は結果的にたどり着いたものであり、この状態と最初から集産主義を目指した状態とでは根本的に異なるのではないだろうか。集産主義→スターリン主義はひとつの重要な側面であることは間違いないが、大局的にはイデオロギー遂行状態の一側面として捉えたほうが良いように思われる。


 社会主義計算と本論で述べられた社会主義窮乏化理論との関係も誤解されやすいので、ここで説明しておくことにしたい。社会主義窮乏化理論は現存した社会主義体制の窮乏を説明するためのものではない。それはミーゼスやハイエクのした仕事であり、社会主義計算論争の中で論じられたことである。社会主義窮乏化理論は「能力の壁」のラインを越えた領域を対象にしている。それは例えば、身体労働と頭脳労働との間に輪番を行うという階級構造そのものを解体することを実践した場合などである。現実の社会主義体制にこのようなことが行われたことはほとんどない。階級構造は資本主義社会に比べても流動的ではなく、むしろ固定されていたのである。しかし、真摯なマルクス主義者の中には、このようなことを主張した人もいた。労働者反対派のシリャープニコフは工場管理者なども身体労働に一定時間従事することを提案している。これは当然のように、ボリシェヴィキ指導部に却下された。これが本当に実践されれば、その状態は社会主義窮乏化理論の対象となるだろう。その結果は破滅的な機能不全状態になることは必至なのである。以上のことからわかるように、社会主義窮乏化理論の対象領域に至る以前に、深刻な機能不全が起こってしまうのである。

 

 第2節 規範理論

 

 分析的マルクス主義は、 現代の哲学や社会科学の方法を大胆に取り入れ、マルクス主義の伝統的な方法や概念について拒否したり、大胆な見直しを行う点に特徴がある。現代自由主義の潮流の中で規範理論が活況を呈してきたが、分析的マルクス主義はその内容を取り込み、マルクス主義的な社会体制の価値理念、正義、所有、自由、平等、功利、コミュニティなどを分析し、社会主義規範理論としての研究を進めている。この学派も非常に多種多様であるが、ここではその中から「自由」に焦点を当てて、一例として考察することにしたい。松井暁『自由主義と社会主義の規範理論』をテキストとして取り上げる。マルクス主義規範理論の観点から現存社会主義を分析するとどうなるかが示されてある。


 これまで見てきたように,マルクスの自由論は、二つに分けるとすれば制御的自由と人格的自由に分類され、三つに分けるとすれば制御的自由、発展的自由、共同的自由に分類される。


 これらの関係をあらためてまとめておこう。人間が最終目標としての人格的自由を達成するためには、自然との物質代謝において生産力を上昇させ、自己実現の活動に必要な資源を獲得する必要がある。そのために自然または自然との関係を制御せねばならないし、物質代謝を行うための社会体制をも制御せねばならない。これらの制御における自由度を表すのが制御的自由である。ある社会の生産力は、個人的主体の力ではなく、集団的主体の制御能力に関わっている。よって制御的自由の主体は集団である。制御的自由にとつての障害は、自然ないし社会に対する科学的認識が未熟なために、それらを十全に制御できないことである。


 次に、制御的自由がある段階に達すると、物質代謝の成果として、人間は自然からその活動に必要な資源を得る。自由主義社会においても、一定の発展的自由は存在するが、諸個人の間に資源が平等に配分されるとは限らないから、発展の度合いにも不均等が生じる。また、この社会では個人の自発的な意思に基づくコミュニティは十分に形成されないから、諸個人間の共同的自由も進展しない。これがマルクスのいうブルジョア社会における人格的自由である。


 そして自由人のコミュニティとしての共産主義社会では、諸個人の間の資源は各人の自己実現の必要に応じて分配され、万人の発展的自由が保障される。また、諸個人の間の共同関係ができあがることによって、個人が個人としてコミュニティに参加する共同的自由が拡大する。こうして発展的自由と共同的自由の複合としての人格的自由が、共産主義社会においてこそ実現するというのが、マルクス自由論の眼目である(54)。


 この2つないし3つの自由の時間的順序と価値的順序は逆になっている。時間的順序では制御的自由が人格的自由に先行するが、価値的順序では人格的自由が制御的自由に優先する。このことによって制御的自由が人格的自由を抑制することは禁止されている。人格的自由の中の発展的自由は共同的自由のない所でもある程度は可能である、そのことで前者は後者に時間的に先行するが、人格的自由を十全なものにするためには共同的自由が必要であるという意味では、共同的自由が発展的自由に価値的に優先する―これがマルクスの自由 論だと論じられてある。しかし、ソ連などの現存社会主義では制御的自由が自己目的化し、秘密警察が国民生活の細部にわたるまで徹底して管理するような現象が生じた。しかし、マルクスにおいて制御的自由はあくまで人格的自由という目的を実現するための手段なのである。であるから、人格的自由を実現する条件が満たされれば制御的自由の追求は、たとえそれがいまだ最大化されていなくても終了することになる。つまり、制御的自由を徹底させる方向性はマルクスには存在せず、現存社会主義はマルクスの意図とは正反対のものだというわけである。また、マルクスは確かに将来社会構想のなかで一国一工場論もその選択肢のなかに加えていたが、彼のいう制御的自由は、物質代謝の制御一般における自由を述べているのであって、中央集権的計画経済に限定されるわけではない。


 ―以上のような分析的マルクス主義規範理論からの現存社会主義の解釈は、より精緻に議論を展開しているとはいえ、本質的には以前の同種の議論と変わりはないといえるだろう。これは論文を精査して、フグを食べた人の死因は論文に書かれてあったことの中には存在しない、ということを証明しようとすることだといえるだろう。この規範理論も次のような歴史的経済的発展を大前提にしている「社会主義、共産主義社会は資本主義よりも生産力が上である」もはや明らかなように、これを実現させるためには「完全な兼任を達成できる能力」が絶対必須なのである。ただし、これが十分条件であるという保証はない―あくまで必要条件なのである。発展的自由と共同的自由の複合としての人格的自由―これは資本主義社会では十分に発展されず、共産主義社会においてのみ発展させることができる。つまり、そのような社会が共産主義社会と定義されるのであり、現存社会主義はこの定義から完全に外れているのである―この論理関係は完全に正しいといえるだろう。しかし、この部分だけをいくら主張したとしても、マルクス主義は現存社会主義を導いたことの何の反証にもならない。 『資本論』を中心とする頭脳労働形態、頭脳労働価値捨象の巨大な体系によって、無階級化しながら生産力を増大させるためには異次元の頭脳労働能力が要請されるということを隠蔽してきたのである。論文に書かれてあることをどれほど精査したとしても、フグを食べて死んだ人の死因はわからない―これはマルクス主義を批判する側にとっても同じなのである。


 伝統的マルクス主義、分析的マルクス主義を問わず、ロシア革命の具体的な推移を細かく分析していこうという姿勢はみられない。ボリシェヴィキは制御的自由を独占して、それを最大化し続けたとみられているだろうが、詳細に検討すれば事実はまったく違うのである。ロシア革命直後にボリシェヴィキは労働者統制、労働者自主管理を完全に認めている。これは自分たちが制御的自由を独占しようとすることと正反対である。むしろ事実はまったく逆であり、経済に関する制御的自由を労働者に委ねたのである。その結果、数ヶ月で工業生産、運営は壊滅的な機能不全状態に陥ってしまった。この破滅的な状況を改善するために、官僚による計画的、指令的経済を構築せざるをえなくなったのである。こうなった根本原因は、労働者自主管理そのものの不可能性であり、プロレタリアート独裁がまったくの幻想であったことを物語っている。


 本論で考察されてきたことは、この労働者自主管理を成立させるためには社会の客観的状況、何らかの社会関係ではなく、身体労働と頭脳労働を統合するための技術論、さらに均等割り振りや完全な兼任の形態を実現させるための頭脳労働能力が必須なものになる、ということである。そして重要なことは、ボリシェヴィキは革命という後戻りの出来ない賭けによって、この誤りを絶対に認めることができないということなのである。つまり、資本主義市場経済は絶対に否定され続けなければならない―たとえネップのような後退があったとしても―である。これでハイエクの分析したような集産主義による際限のない制御的自由の行使を続けなければならなくなったのである。そして理想と現実の大きなギャップに理想社会は絶えず先送りされ、社会の不満は言論弾圧によって押さえ込まなくてはならなくなった。明瞭に理解されるように、ここでマルクスのいうような人格的自由を言ってみたところで、まったくそれどころではないのである。このような状態に誘導したのはマルクスその人であることはあまりにも明白であろう。

 

 第3節 唯物史観からの逸脱

 

 マルクス主義の側からの「現存社会主義の責任はマルクス主義にはない」という解釈の最も有力なものが、この「唯物史観からの逸脱」ではないかと思われる。これは歴史的にみてもかなり以前から・・・例えばボリシェヴィキに対抗したメンシェヴィキもこのような主張につながる立場をとっている。その意味で、特にこの見解は現代マルクス主義特有のものではないのだが、その重要性から詳細に検討するに値するものだといえるだろう。また、最近でも『共産党宣言』関係の出版物の出版はかなり盛んである。これらの背後には次のような意図があるのではないかと思われる。一般的にも読みやすい『共産党宣言』には、資本主義社会の行き詰まりや窮乏化、二極化から社会主義革命の勃発、共産主義社会に至る大まかな見取り図が描かれてある。このこととロシア革命から現存社会主義が形成された状態とを比べてみれば、その本質的な違いはよく分かるということなのである。これは公然といわれることは極めて少ないが、マルクス主義を擁護しようとする者にとって、この論点は極めて重要であろう。


 「マルクスの『共産党宣言』などの文献を読むと、そこにはプロレタリアートとは別個の職業的革命家の集団である前衛党が、社会主義革命を先導するというようなことは想定されていない。そもそも社会主義革命は資本主義社会が発展し、ブルジョワジーの資本蓄積が進み、勝ち残った少数のブルジョワジーとそれ以外の窮乏化が進む多数のプロレタリアートの二つの階級に分裂していき、それがある限界に達したときに自然発生的に勃発するものである。その中ではプロレタリアートの連合が形成されていき、ブルジョワジーと対抗し、闘争し、最終的には暴力的にブルジョワジーを打ち倒すのである。そして生産手段を手中にして社会的、共同体的所有とする。そして、市場を廃絶し資本制生産様式を廃止して、より合理的な生産力の高い平等な分配を可能にする共産主義の経済体制が築かれる。真の意味での無階級社会が達成される。ここでは社会の大多数を占めるプロレタリアートによって、革命は段階的に進むのであり、少数のブルジョワジーに対する暴力は規模の小さいもので済み、それも短期間で終わるだろう。このこととロシア革命における状況とはまったく異なる。まず、ロシアは資本主義の発展が非常に未熟なものであった。プロレタリアートの数は少数であり、国民の大多数は農民であった。マルクスが予測した資本主義社会が限界に達するような状況とはかけ離れていたのである。このような状況の中でレーニンは革命的前衛党というプロレタリアートの連合とはまったく異なる組織によって、戦争と自然発生的革命によって生じた権力の空白状態につけ込み、権力を奪取したのである。このような状態では少数者が多数者を支配しなければならず、その暴力は非常に大きなものになるだろう。また、その期間も非常に長くならざるをえない。赤色テロルはそのようなマルクスの理論が歪曲的に適用されてしまった不幸な例である。したがって、赤色テロルの責任をマルクスと関連づけることはまったくもって的外れである」。「マルクスの目指した社会主義、共産主義社会は偽りのブルジョワ民主主義ではなく、プロレタリアートが支配する平等で真の意味での民主主義である。暴力肯定はそこに至るまでのプロレタリアート独裁期におけるブルジョワジーとその勢力に対する過渡的なものにすぎない。社会主義、共産主義の完全な民主主義と、ボリシェヴィキの民主主義を抑圧し自らに権力を集中する独裁との間には何の共通点もない。これはまさに正反対のものである。このボリシェヴィキのテロルとマルクスのテロルとはまったく異なるものである」。


 それではマルクスが想定した資本主義の行き詰まり、二極化、窮乏化から社会主義革命が勃発する―そこでは革命的前衛党ではなく、プロレタリアートの連合による革命過程が進行するのである。そのこととロシア革命における状況の相違とはどれくらい本質的なものなのだろうか。これは極めて難しい問題である。マルクスの想定した通りに資本主義は進行していかなかったのだから、そもそもこの考察は無効である―このように考えてよいかもしれない。しかし、このことを考察することは極めて重要なことなのである。それではマルクスの想定した通りに二極化、窮乏化が進行したと仮定してみよう。プロレタリアートは多数者となり、ブルジョワジーは非常に少数となる。テクノクラートなどの中間層をどうしたらよいのかという問題が生ずるが、ここではひとまずおいておこう。


 『共産党宣言』ではブルジョワジー対プロレタリアートの大まかな闘争の過程が描かれている。「最初は、個々の労働者が別々に戦うが、次にはある工場の労働者たち全員が戦うようになる。その次はひとつの町の特定の産業分野の労働者全員が、彼らを直接に搾取する個々のブルジョワに対して戦う。労働者たちがブルジョワジーに対抗する連合体を作るようになる。こうした闘争の本当の成果は、その都度の具体的な成功にあるのではなく、彼ら労働者たちの組織が次第に拡大していくことにある。彼らのこの団結は、まさに大工業が生み出したコミュニケーション手段の進歩の追い風を受ける。こうした手段によって、さまざまな地域の労働者たちが直接に連絡しあうことができるのである。さまざまな地域の闘争はどこでも同じ性格を持っているのであり、連絡手段さえあれば、こうした闘争を、ナショナルの階級闘争へと纏め上げることができるのだ。だが、どんな階級闘争も政治闘争なのである。こうしてプロレタリアートは強固に団結し、まとまった強大な存在となる。そしてある地点に達すると公然たる革命として爆発し、ブルジョワジーの暴力的打倒を通じてプロレタリアートが自らの支配を打ち立てるに至る(55)」 ―以下、共産主義社会に進展していくというわけである。これらの論述を読んでいくと、さももっともらしい印象を持つであろう。以上の中に潜む問題とは何だろうか?もっとも重要な核心は次のようなことである。最初の段階ではプロレタリアートのブルジョワジーに対する戦いは、一種の場当たり的な反抗であり、設備の焼き打ちなど反乱的であるが、次第に組織化されていき地域的な広がりもどんどん拡大していく。それは革命という合目的的な機能を持つ大きな組織になっていくのである。このような段階になれば、その機能を合理的に効率よく達成するための階層性が生じてくるのである。これは何も革命に限ったことではない。どのような目的であったとしても、それがある程度以上の高度なものであるならば、必ず組織の中に階層、階級が生じてくるのである。


 例えば、このプロレタリアートの連合が闘争ばかりしていたのでは、ということで息抜きに運動会を開催しようということになった。そのためには実行委員、その責任者、副責任者や企画、運営、書記、会計、連絡係、備品調達管理、などなどさまざまな階層性、役割を分業によって担わなければ、運動会はまったく実現されないだろう。つまり、革命というものを遂行しようという場合、以前にあった機能と同等、ないしそれ以上のものを達成しようとすれば、その革命主体は非常に高度な組織性を持たなければならず、それは必ず階級構造を持つことになるのである。このような革命の目的は、運動会よりもはるかに高度なものである。つまり、ポイントは闘争の初期段階における単純な反乱と、プロレタリアートが大規模に組織された状態とではまったく異なる、ということである。これは天と地ほどの差がある。しかし、マルクスはこれを連続した記述として示して、これがまったく異なる状態であるということを気づかれないようにしているのではないか・・・初期段階においてはプロレタリアート内部に当然、階級分化は生じていないが、大規模に組織された段階ではプロレタリアート内部に階級分化が生じてくるのである。


 革命は運動会よりも比較にならないほど、困難な大事業である。そこでは強力な組織統合が必要であり、階級構造も強いものとならざるをえない。これはまさにレーニンの取った手法なのであり、この点においてレーニンの現実主義の方が正しいのである。しかし、この仮定の中ではプロレタリアートは大多数であり、ブルジョワジーの打倒は容易であった。これはロシア革命の状況とはまったく異なるように見えるだろう。ところが問題はその次から生じてくる。プロレタリアート内部に生じた強い階級構造は、その下位の者からすれば本来の革命の目的からまったく逸脱している。そのことに対する強い不満、抵抗が生じでくるのは必至なのである。ここで次のような反論があるかもしれない。「これはロシア革命におけるような革命的前衛党が主導していたものではなく、多数のプロレタリアートの連合によって成し遂げられた革命である。革命時においてそのプロレタリアートの連合に強い階級構造が形成されていたとしても、その過渡期が過ぎれば元の無階級制に戻るはずであり、そこでは平等で緩やかなプロレタリアートの連合になるだろう。このような不満が生じてくることはないはずである」もう繰り返す必要はないと思うが、これこそが超弩級の誤謬なのである。過渡期が過ぎても階級構造が消滅することは絶対にありえない。高度な合目的性を持った組織はどのようなものであれ―資本主義の上部構造を覆そうとするプロレタリアートの連合体でもその後の経済体制においても、無階級性を実現するためには「均等割り振り」 「完全な兼任」を実現する能力が絶対必要になる。革命後の経済機能を保とうとすれば、それが資本制生産様式であっても、計画経済であっても階級構造は絶対に必要なのである。


 しかし、資本制生産様式を採用するとなれば、かつてのプロレタリアートの一部が資本家に転化するということになる。これでは何をやっていたのかまったく分らないことになるだろう。社会主義、共産主義を目指すということになれば、必然的に計画経済にならざるをえないのである。それは元プロレタリアートが官僚に転化して頭脳労働領域を担い、階級構造が形成されていくことを意味している。つまり、社会主義革命を主導するのが革命的前衛党であっても、プロレタリアートの連合体の指導部であっても本質的にはまったく同じなのである。それはまったく同じ結果へと導かれる。「それでも、そのプロレタリアートの指導部はかつての同僚だったのだから、うまくやっていけるのではないか」このように考えたとしたら、それはまったく甘い。むしろ事態は逆だともいえるだろう。このプロレタリアートは搾取される不平等な社会から、平等な分配、生産の所有ができる理想社会を目指したのである。そして苦労して、危険を冒して革命を遂行したのである。その結果として以前とまったく同じ立場にとどまってしまい、同僚だった者が階級の上に座って自分を顎で使ったとしたら絶対に我慢出来ないだろう。つまり、かつて同じ階級だった者の中に階級分化が生じ階級闘争が生じてくるのである。そしてこの階級闘争は以前よりもさらに激烈なものになっていく可能性の方が高い。


 プロレタリアートの連合体の指導部は強い権力を持ち、それを行使するための秘密警察、政治警察を持つことは必然となる。また、そうしなければ指導部は存在することが出来ないだろう。革命時においてはブルジョワジーとその勢力を弾圧、撲滅することにこの警察権力は欠かすことの出来ないものであり、大きな役割を演じる。単純な労働者の反乱だけでは、決定的な効果を発揮出来ないことは明らかである。マルクスは革命過程において、このような単純な労働者の反乱のレベルと高度な警察権力の行使の区別をまったくしていない。革命時においてブルジョワジーを弾圧した警察権力は、その後でプロレタリアート内部に生じた階級闘争に振り向けられることになる。今度は、かつての同僚を弾圧し、激烈な反抗に対してテロルで応ずるよりほかはなくなるだろう。・・・結局、同じことになるのである。プロレタリアートの連合体の指導部はボリシェヴィキとまったく同じジレンマに陥る。そしてこの内部矛盾を押え込むための強力な指導者が要請されるのである。つまり、このプロレタリアートの連合体の中からスターリンが現れてくることになる。これはそのような資質を持った人物がその中に存在するかという難しい問題があるが、重要なのはこのような指導者が要請される状況が造り出されてある、ということなのである。


 ロシア革命、現存社会主義は唯物史観からの逸脱である。したがってマルクス主義の実現の可能性はまだこれから未来に向かって開かれている―このことに対する結論も明らかである。マルクスが想定した通りの資本主義の進展、崩壊の現実性を信じる人はほとんどいないであろうし、現代的な意味での別の崩壊の可能性を考えたとしても、そのことと共産主義社会への進展とはまったく関係ないのである。

 

 

(50)大谷禎之介  他『ソ連の「社会主義」とは何だったのか』、大谷禎之介『マルクスのアソシエーション論』等を参照
 

(51)大谷禎之介『マルクスのアソシエーション論』36,37頁
 

(52)フリードリヒ・ハイエク『個人主義と経済秩序』嘉治元郎 嘉治佐代訳、春秋社 1990年、等を参照
 

(53)フリードリヒ・ハイエク『隷属への道』西山千明訳、春秋社、1992年
 

(54)松井暁『自由主義と社会主義の規範理論』大月書店、2012年、173,174頁
 

(55)マルクス、エンゲルス『ドイツ・イデオロギー、哲学の貧困、コミュニスト宣言』


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<論文> マルクス主義の解剖学 16 

 

 『マルクス主義の解剖学』

 

 第8章 現実化したマルクス主義
 

 第9節 ボリシェヴィキの農業政策

 

 1917年10月、ロシア革命勃発以前、以後のロシアの農業の状態、食糧事情については、やはりソ連崩壊以後の多くの資料の研究によって、その詳細が明らかになってきている。


 第1次世界大戦からロシアの農業事情は悲惨な状況へと転がっていた。軍隊へ多くの若者が取られ、戦死したり、傷病兵となって故郷へ帰ってきた。農村から都市への食糧の輸送は、鉄道、列車の専門の整備士の不足による整備不良や燃料不足、盗賊行為、不正略取などにより壊滅的な状況となっていった。都市は深刻な飢餓状態となっていた。1918年3月、ブレスト・リトフスク条約により、ロシアは戦線から離脱し一息つくことが出来たのである。ボリシェヴィキはこの深刻な飢餓状態を改善すべく努力を始めた。これはボリシェヴィキの主張である「平和とパン」を実行に移したものとして、公平にみて評価されるべきものであるだろう。ところがこれが大問題となっていったのである―ここでもボリシェヴィキの目標は共産主義イデオロギーの現実化である。すなわち私的商業は廃止され、市場は廃止されなければならない。しかし、この時深刻な飢餓を克服するためには私的商業を認め、市場に頼るしかない状況だったのである。もちろん、現在から見れば飢餓状態かどうか、に関わりなく私的商業、市場は必須のものである。しかし、この時はまさに緊急の要請があったのである。この時ボリシェヴィキがなすべきことは、私的商業、市場を認め、それを上手く管理しコントロールすることであろう。しかし、資本主義を徹底して破壊することを至上目的とするボリシェヴィキにとって、これは到底ありえないことなのである。


 私的商業、市場は非合法な行為となったが、それでも差し迫った必要から担ぎ屋行為が蔓延した。ボリシェヴィキは渋々ながら、その必要性も認めていたから、あるときは部分的にこれを許容したが、基本的には禁止の方向に向かい違反したものは厳しい罰則が科せられた。そして、農村から都市への食糧供給には、工業生産物と食糧の交換という共産主義的生産物交換が徹底して実行されることになった。ところが、戦争によって疲弊した都市はそれだけの工業生産物を生産出来なかったのである。そのことにより、交換するだけの工業製品がないにもかかわらず、農村から食糧が徴収されることになった。当然のように農民の激しい抵抗が沸き起こった。そこでボリシェヴィキは軍隊による厳しい強制手段に訴え、抵抗したものは銃殺、強制収容所送りにしたのである。こうして、商業行為、農業政策への反抗といった違反者を処罰するための強制収容所が必要となり、瞬く間にロシア全土に大量に出現していったのである。


 ボリシェヴィキは何としても都市の飢餓を克服しなければならないため、農民に対する食糧調達を強化していった。交換できる工業製品が足りないにもかかわらず、常軌を逸した量の食糧割当が課せられたのである。そのため農村部も飢餓状態に陥っていった。農民は収穫量が増えても、私的に売りさばくことが出来ず、増えた分だけ強制的に徴収されてしまうため労働意欲が減衰していった。農村に悲惨な飢餓が迫っていったのである。それでも、ボリシェヴィキは共産主義イデオロギーを押しとうし、私的商業、市場を圧殺することを決して止めなかったのである。天候不順による飢饉も重なって、1921年、22年にロシア全土に途方もない飢餓が訪れ推定500万人が餓死したと言われている。また、農民反乱が各地で起り、赤軍による残虐な弾圧が繰り返されたのである。この悲惨な飢餓の結果、レーニンとボリシェヴィキは渋々ながら、共産主義経済体制をすぐに築くことは不可能であることを認め、私的商業、市場をある程度は許容する新経済政策( NEP)を導入することになった。

 

 第10節 農業政策の考察

 

 どうしてボリシェヴィキはここまで強引に食糧調達を押しとうしてきたのだろうか。それはマルクスの理論、唯物史観によるものであることは今更説明の必要もないだろう。つまり、資本主義から共産主義の経済体制になれば、工業生産力は大きく増大すると信じられていたからである。しかし、戦争の結果、都市部は深刻な飢餓状態になっていた。まずこれを改善しなければ、共産主義的経済体制などとても不可能なことである。これを救いさえすれば、資本主義的生産様式をはるかに超える効率の良い共産主義的経済体制に発展するのだから、その結果農民に行き渡る工業製品は大量に生産することが可能になる。そのための「賭け」として農民は先に都市に食糧を供給しなければならない―たとえ農民の一部が餓死しようとも―である。そのときは大変でも、たちまち将来にはより良い状態が訪れるのだから、「それまで辛抱しろ」というわけなのである。


 「社会主義、共産主義は資本主義よりも生産力が上である」このことが、どれほど巨大な悲劇を導いたかということを述べるのに、一体どれほどの紙幅が必要になるだろうか。このような幻想を生みだすためのマルクスのイデオロギー操作をこれまで詳細に検討してきた。社会主義、共産主義の思想を生み出したのはマルクス一個人に帰せられるわけではない。それまでの長い思想の歴史が存在する―しかし、経済学と密接にリンクすることによって、科学としての装いを身にまとい、これほどまでに強力なイデオロギーを創出したのは、ほとんどマルクス一個人によるものである・・・まさにこれは驚くべきことである。


 ここでも、労働者自主管理がいかにしたら成立するかという問題と同一の問題が存在する。都市と農村、プロレタリアートと農民、食糧の需要と供給、さまざまな交通手段を機能させるための物質的な基盤、その運営、それらすべてが超高効率の情報伝達、情報処理、意思決定の能力上の問題として存在しているのである。私的商業、市場を介さずに食糧供給を実現するためには、さまざまな情報が途方もないレベルで伝達されなければならない。ここでも完全な兼任を達成できる能力が要請されるのである。すべてのプロレタリアートと農民がひとつの頭脳となるような情報伝達、情報処理、意思決定の能力が要請されるのである。


 本論のいままで検討してきた結論は、ここでも完全に適用されるのである。マルクスが思い描いた共産主義社会の理想的な形態は、この完全な兼任を達成できる能力の能力世界なのである。そして、この能力を獲得するいかなる手段もわれわれには存在しない。これは歴史ではなく進化の問題である。資本主義のどのような要素を抑圧、放棄、破壊しようとも、それはまったくこのような進化には繋がらないのである。私的商業、市場を禁止、破壊したとしても、都市と農村の工業製品と農産物の生産物交換をしたとしても、それはこのような能力の獲得とは一切無関係である。ここでも、因果関係の逆転が行われている。すなわち工業製品と農産物の生産物交換が、共産主義的な形態で行われること―これはプロレタリアートと農民が相互にお互いの必要なものを交換し合う、そして極端に富を手にする商人、資本家が存在しない平等な生産物交換の経済である―しかし、これこそが情報をコストゼロとみなす途方もない幻想なのである。逆にいえばこの状態を実現させるためには、情報のコストがゼロになるような能力が必須となるのである。それが完全な兼任を達成できる能力であることはいうまでもない。もし、このような能力を獲得することができれば、このような共産主義的生産物交換が可能になるだろう。それ以外の条件も満たされていなければならないが―である。能力の獲得→共産主義的生産物交換という因果関係を、共産主義的生産物交換→能力の獲得→共産主義社会というように完全に逆転させて、真ん中の「能力の獲得」を徹底した捨象によって思考することの出来ないよう麻酔剤を射っておいたのが、マルクスのイデオロギー体系なのである。


 ソヴィエト社会主義共和国連邦―今は亡きその国の国旗は真っ赤な地にハンマーと鋤の重なった図のデザインであった。これが労農同盟を意味するものであることは明らかである。私が子供の頃から慣れ親しんだその国旗に、本来の意味である労働者と農民の同盟、搾取されることのない労働者の協調した平等な社会、というイメージを感じたことは1度もなかった。この国旗は得体の知れない自由のない警察国家、軍事力にものをいわせ謀略渦巻く世界、というイメージのものでしかなかったのである。


 ボリシェヴィキの目指した労農同盟は現実にはごく一部に限定的に成立したにすぎず、そのほとんどは実態の伴わない虚構であった。農村に対する食糧の強制的な徴発により、都市プロレタリアートと農民の関係はむしろ敵対的になっていたのである。ボリシェヴィキにしてみれば、食糧を都市に供給しさえすれば工業生産力は増大するのだから、その食糧の供給を渋る農民は社会主義、共産主義に反抗する農民であり裏切り者なのである。しかし、都市ではすでに労働者自主管理は完全に失敗しており、そもそも労農同盟の基盤となる理論は破綻していたのである。官僚による工業管理を、内戦によって優秀なプロレタリアートの多くが戦死したことを理由に挙げる場合がある。この責任は内戦の相手である白衛軍と干渉戦争をしかけた側にある、というマルクス主義者の反論はまったく無効である。すでに内戦がはじまる以前に、労働者自主管理は破綻していたのだから―その破綻の結果、官僚による工業管理が強化されていったのである。もし、内戦がなかったとしても、官僚による工業管理はまったく同様に強化されていくだろう。そしてこのことは国際革命、世界革命論においてもまったく同様に当てはまるのである。

 

 第11節 世界革命の考察

 

 ロシア革命論における世界革命の位置は非常に重要なものである。マルクス主義者、共産主義者はロシア革命がなぜスターリン主義の途方もない歪曲を被ったのか、ということの根源的な理由を世界革命が勃発しなかったこと―に求めることが非常に多いのである。これは唯物史観の根本となる歴史認識、歴史法則である資本主義が発展し、資本家とプロレタリアートの二極分化によって階級闘争は激化し、それが頂点に至ったとき革命が勃発する―そこに至らなければ社会主義革命は決して起こらないのである。この公式にロシア革命は部分的にしか当てはまらなかった。ロシアは19世紀末から工業化が進み、資本主義が発展してきたとはいえまだ圧倒的な農業国であり、プロレタリアートの数は少なかったのである。しかし、マルクスは『共産党宣言』ロシア語訳において資本主義後進国ロシアであっても、そこに革命が起きればそれが先進資本主義諸国に波及していく―いわば革命の導火線の役目を果たすことができる、と述べているのである。レーニンはそのことを革命遂行の中心に据えていたのである。


 レーニンが執務していた5年のあいだ、ソヴィエト・ロシアの外交政策はロシア共産党の政策の一附属物であった。それ自体は、まず何よりも、世界革命のために貢献すべきものと意図されていた。ボリシェヴィキがロシアで権力を掌握したのは、ロシアを変えるためではなく、跳躍板としてそれを利用し、そこから世界を変えるためであったということを、いくら強く、あるいは、頻繁に主張してもし過ぎることはない。レーニンは、1918年の5月に「社会主義の利害、つまり世界革命の利害が、民族的な利害、国家の利害に優越すると我々は断言する」と述べている。共産主義体制の創設者たちには、彼らの革命が、もし、直ちに国外に波及しなければ、それは短命に終わるであろうと思われた。この信念は、二つの前提に基づいていた。一つは、彼らよりはるかに強力な「資本家」の陣営が一つになり、経済制裁と軍事攻撃を結合して革命の前哨地を打倒しようとするであろうというものであった。もう一つは、たとえそうならなくとも、あるいは、それが現実となり、ロシアの共産主義者がその攻撃をはね返すことができたとしても、彼らは、まだ、敵に囲まれ、敵意をもつ遅れた農民の住む孤立した共産主義国家の運営を試みるという打ち勝ちがたい困難に直面するというものであった。


 理論の方はそんなところにして、実際には、ソヴィエト・ロシアは、世界で最初の、そして長い間、唯一の共産主義国であったから、ボリシェヴィキは、ロシアの利害を世界共産主義のそれと同一視するようになった。そして、世界革命への彼らの期待が後退していくにつれ―これは1921年までに生じていたが―、ソヴィエト・ロシアの利害を最優先する以外に、彼らには選択肢が残されていなかった。結局のところ、共産主義はロシアにおいて一つの現実であるが、それ以外のところではどこにおいても、単なる希望にすぎなかったからである。


 それ自身のナショナルな利害をもち、同時に、ナショナルなものを超えた革命、つまり、国境なき運動の司令部でもある一国の政府として、ボリシェヴィキ体制は、さらに、その二重の外交政策を展開することになった。外務人民委員部は、ソヴィエト国家の名で行動しながら、以前と同じように、公式には、ソヴィエト国家と関係をもつ用意のある列国とは正常な関係を維持した。世界革命を推進させるという課題は、1919年3月に創設された第三の、つまり、共産主義インターナショナル(コミンテルン)の新しい組織に委ねられた。形式的には、コミンテルンは、ソヴィエト政府からも、ロシア共産党からも独立していたが、現実には、後者の中央委員会の一部局であった。二つの本体に分離することで、モスクワは、「平和共存」と転覆活動を同時に行う政策を指揮することが可能となった。


 コミンテルンには、国外で革命を推進させると同時に、ソヴィエト・ロシアに対し十字軍を起こそうとする「資本主義」諸国の努力を失効させるという、攻撃と防衛の二つの任務があった。コミンテルンは、攻撃よりも防衛において大きな成功をおさめた。国外の社会主義者と自由主義者には、政治スローガンで、国外の企業家たちには有望で儲かるビジネスがあるとの触れ込みで訴えかけながら、コミンテルンの活動家は「ロシアから手を引け」というスローガンのもとで、どうにか反共主義のイニシアチヴを阻むことができた。1920年代の初めまでに、ヨーロッパの事実上、全ての国が、初めは無法者として扱っていた政府と、外交および通商関係を樹立するにいたった.しかし、コミンテルンが実現しようとした革命は、全て、ヨーロッパであれ、中東、極東であれ、大敗に終わった、革命を国外に、とりわけ工業化された諸国にもち込むことにレーニンが失敗したことによって、ソヴィエト・ロシアは、その生来の専制的で官僚的な伝統に立ち戻ることが殆ど確実となった。そのことにより、スターリンが支配権をうることが殆ど不可避となった。彼は、世界革命が起こる見通しは、少なくとも、再び世界戦争が勃発するまでは無に近いと早くから結論を下し、彼の権力基盤を国内に築くことに専念していた(69)。


 レーニンはロシア革命に次ぐ社会主義革命がドイツに起こることを期待していた。ロシアよりもはるかに工業の進んだ先進資本主義国であるドイツに革命が起きれば、ドイツのプロレタリアートがロシアに救援に駆けつけてくれる。ロシアの破壊された工業力は、ドイツの力で急速に復興するだろう―さらにそれ以外の工業国に社会主義革命が波及していけば、内戦の危機はまったく問題でなくなるだろう。それが20世紀に人類がたどるべき希望に満ちた正常な歴史となったはずである―このような見解が現代においてさえ(当然、過去には非常に広く)ときどき見られるのである。当然、この見解は批判や反論にさらされてきたけれども、そこに決定的な反証を加えることは極めて困難なことであった。


 本論は今まで広く行き渡っていたこの見解に決定的な結論を導き出すことを目的とする。もし、ドイツで社会主義革命が本当に起こったとしたら、どのような事態になっていただろうか。工業をはじめとする社会全体で、本当に無階級化を遂行すれば、それは「能力の問題」に抵触することになる。生産力、社会の機能はたちどころに機能不全に陥ってしまうのである。革命が成功した瞬間に、生産力は破壊される・・・これが本論の結論である。それは戦争によって、すでに機能不全に陥っていたロシアの工業力の場合より、はるかに明瞭にその生産力破壊は現れるだろう。それによってもたらされる混乱やパニックは想像を絶するものがある。つまり、この革命ドイツはロシアを救援するどころではなく、逆にそのロシアに救援にきてもらいたいくらいの大惨事となるのである。しかし、現実にはそうはならないだろう。この機能不全状態を改善すべく、直ちに対応が取られるだろうから。それはプロレタリアート内部に階層性が生まれ、さらに経済を機能させるために、それ以前のブルジョワ専門家と呼ばれる人たちが活用される。そして、私的商業、市場を禁止するならば、官僚による計画経済が採用されることになる。それを遂行するための強力な秘密警察が発達していくだろう。つまり、たどる道はロシアとまったく同じなのである。その共産主義ドイツは共産主義ロシアとどのような関係になるかはまた別の問題であるが・・・


 パイプスは反共主義の側にあるアメリカの歴史家である。当然、マルクス主義、共産主義に対して極めて強い批判的な態度を取っている。そのパイプスからして、この世界革命の展望に対する見解は唯物史観に影響され、巻き込まれているのである。以下のパイプスの引用文「コミンテルンが実現しようとした革命は、全て、ヨーロッパであれ、中東、極東であれ、大敗に終わった、革命を国外に、とりわけ工業化された諸国にもち込むことにレーニンが失敗したことによって、ソヴィエト・ロシアは、その生来の専制的で官僚的な伝統に立ち戻ることが殆ど確実となった。そのことにより、スターリンが支配権をうることが殆ど不可避となった」は、まったく常識的な見解のように見える。しかし、これが大問題であるのだ。工業化された先進国に社会主義革命を持ち込むことに失敗した―その結果として革命ロシアは、その生来の専制的で官僚的な伝統に立ち戻ることになった―この因果関係が完全な誤りであることは、もはや明らかである。工業化された先進国に社会主義革命が勃発しても、ロシアはまったく同じように専制的な官僚体制を構築していくしかないのである。そしてその官僚体制は、ロシアの伝統に単に立ち戻ることではない。これは専制君主の官僚体制ではなく、共産主義イデオロギーのもとで、そのイデオロギーの原理的な矛盾から不可避的に生じてきた、根本的に捻れている官僚体制なのである。この矛盾、捻れというのは、それ以前のロシアの官僚体制にはない性格なのである。そして、スターリンが支配権をうることになったのは、スターリンがロシア伝統の専制君主を目指し、伝統的な官僚体制を味方にしたからではなく、その矛盾と捻れの性格を巧妙に利用する才分と意思があったからだといえるだろう。


 先進国革命論はいまだに根強く存在する。現代における資本主義の欠点を是正しようとするオルタナティブを考える時、マルクスの資本主義批判と同時に社会主義、共産主義はいまだに魅力的なものを持っているように見えるのである。これは歴史上、先進資本主義国に社会主義革命が起こったことが一度もないから―という理由が大きいだろう。これが現実に起こっていたなら、この認識はまた大きく違っていたと推測することができる。しかし、これはまったく非現実的なことであると正しく判断できる人なら考えるだろう。そして、この革命の結果がどうなるか「社会主義窮乏化理論」は理論的に導き出すことができる。現実に社会のごく一部に無階級化実験をして証明することもできるのである。このような局所性を否定するのがマルクス主義、唯物史観である。


 チャーチルは1920年代に「ボリシェヴィキは狂信者であり、彼らを説得してその主義運動を捨てさせられるものではない。彼らの見解では、彼らのシステムは、十分に大きな規模において試みられていないために、成功を収めていないのであり、成功を確かなものにするためには、それを世界的な規模にしなければならない」といったという。たしかに、ロシアに限定されたこのシステムは、世界的な規模になった場合に比べて制約を受け、さらに妨害されるということは事実だろう。それでは、その制約や妨害がまったくなかったとしたら十全に機能するのだろうか。外部条件の最適化による無階級化実験をすれば、それは何の根拠もない虚妄だということが証明されるだろう。この世界革命の論理は、今この現在の失敗を取り繕い、問題解決を絶えず先送りしていくこのイデオロギーの巧妙な戦術となるのである。


 結論はこのようなものである。「階級としてのプロレタリアート独裁」を通過しなければ共産主義社会に至ることは決してない。そのためにはプロレタリアートは相互依存している頭脳労働を兼任しなければならない。その規模が大きくなればなるほど兼任しなければならなくなる頭脳労働領域は拡大していく。つまり、ある規模においてそれが不可能であるということは、それより大きな規模においてはさらに不可能であるということだ。世界革命の論理「社会主義、共産主義は革命がロシアにとどまったから失敗したのであり、世界革命に発展すれば成功しただろう」というのは、独力で富士山に登れない幼児に向かって、「それならエベレストなら登れるだろう」と言っているようなものである。

 

 

(69)リチャード・パイプス『ロシア革命史』成文社、291、292頁


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